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「風呂を使うなら、ちゃっちゃとしちゃってくれない?」
バスタオルで頭を豪快に拭きながら、少し苛立ち気味に言う泰二。その言葉に宗太郎がハッとする。
「お…… おう、悪ィ。5分で済ます」
そう言ってバスルームへのドアに向かう。
落ち着け、幸崎宗太郎…… こんな経験も初めてではないじゃないか。時間と場所はわかるんだ。ちゃんと考えれば今置かれている状況もつかめるはずだ。
シャワーを浴びながら、そう自分に言い聞かせる。しかしいくら心に念じてもアンジェラからの応答がない。それだけが不安要素だ。
シャワーを浴び終えてスッキリした頃には、宗太郎の頭もかなりクールになっていた。
そう、ここは1995年のスウェーデン。イエテボリという名の大きな港町だ。イエテボリ…… 一般にはあまり知られていないその街。
しかし一部の自動車好きや、宗太郎達のように陸上競技に明るい者達── 特に中学時代に走高跳をやっていた宗太郎にとっては特別な場所。
北欧の貴公子、走高跳の選手であるパトリック・ショーベリの故郷である。その英雄の故郷で世界選手権が開催されている。
幸崎宗太郎は長期の有給休暇を取得して、高校時代に陸上競技部の同僚でありクラスメイトでもあった山本泰二とともに、遥々スウェーデンの地まで観戦しにやって来た。
なぜ大枚を叩いてまでこんなに遠い北欧の地までやって来る気になったのか。宗太郎にはそれなりの理由があった。
高校時代の、ある選手との約束…… デカい大会に出ることがあったら地の果てまで応援に駆け付けると。
その選手の名は長崎和真。今まで経験した中で宗太郎の最大、最強のライバルである。
幾多のレースで100分の1秒差の凌ぎを削り合って来た戦友である。他の追随を許さぬ2人の世界に、いつしか固い友情が生まれるほどになっていた。
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