探偵は止まれない

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 カタンコトン――単調なリズムで電車は進む。腐った社会になっても、電車は時刻通りに来る。それがニッポンの唯一の美点だとも言っているかのようだ。  帰ったら寝よう。いや、その前にメシを食おう。次の依頼はまだ入っていない。束の間の休暇だ。思いっきり惰眠を貪ってやる。だらけてやる。  ぼんやりと人混みの向こう側から微かに覗ける窓の外を見る。どこにそんなに真面目に働く人間がいるのか、腐った街でも首都は首都、夜更けだというのにあかりの灯っているビルが立ち並んでいる。あの部屋のひとつひとつに人間がいて、馬車馬のように働いているのか、それともただ無駄な時間を過ごしているのかわからないが、電力を使い、電気会社に電気代を払い、そしてまた電気が流れ――と、社会が循環している。腐っていても、人は働き、育み、生き、そして死んでいく。全ては神が望んだ通り、円となり、まわっている。始まりも終わりもない。惰性で人は、社会は、回っていく。 「――やめてください!」  突然、悲鳴のような声があがり、俺は思考の世界から現実に引き戻された。視線を声の方に向けると、ちょうど俺の斜め向かいに立った女子高生が俺のことを赤い顔で睨んでいた。「やめてください、痴漢は犯罪ですっ!」  ザワ、と周りが俺と女子高生を取り巻く。「ちょ、ちょっと待ってくれ。誤解じゃないか? 俺は何も――」「言い訳するんですか? いい大人なのに」「いや、あの」  痴漢? 痴漢だってよ。あのオジサン、何してるんだか。やあね、これだから変態は。ていうか、犯罪者じゃねえか。  ボソボソと糾弾する声が広がって大きなうねりになる。背中を冷や汗が伝った。どうにかして誤解を解かないと、一体どこに突き出されるかわからない。警察はあり得ないにしろ、警察の代わりに自治を行っている自警団に連れていかれたら、それこそおしまいだ。法のルールから外れたこともやっている裏稼業の人間としては、探られたくない穴もある。 「自分がしたことを認めてください」 「だから誤解だ。俺は何もしていない」 「卑怯者!」  怒りに肩を震わせた女子高生が、突然ビクッと身体を震わせた。  ――なんだ?  少女の視線が下に降りる。それに誘われるかのように、俺もつられて下を見る。ギリギリまで短くしたスカートが、僅かに盛り上がっている。節くれだった指が、いやらしく少女の尻肉を撫でていた。
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