探偵は止まれない

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 財布だ。  今度は痴漢ではなく、スリのようだ。  サッと振り向くと、年端もいかない少年が俺の財布を持って立っていた。「お前――」捕まえようと腕を伸ばすが、隙間なく押し込まれた満員電車ではそれも容易ではない。反対に小柄な少年はその体躯を活かし、スルリと人波をくぐり抜けていく。 「くそ――待てっ」  強引に身体をねじ込ませる。皆が不快な顔をするが、それに構っていられるほど余裕はなかった。すみません、すみません、と謝罪の言葉を口にしながら、懸命に少年の後を追う。小さくて俊敏な身体を追うのは簡単ではなく、何度か見失いながらも先頭車両まで来てしまった。運転席の見えるガラスの壁に少年を追い込むと、財布を持った手を掴む。 「何すんだよ!」 「これは俺の財布だ。それは、こっちのセリフだ」 「オッサンのモノだっていう証拠はあるのかよ」  俺は無言で財布を奪い取ると、中から運転免許証を取り出す。「これでもお前のモノだって言うのか?」  少年は居心地が悪そうに目を逸らす。  よく見れば、少年はサイズの合わない服を着ていた。ダボダボのTシャツは肩からずり落ちていて、履いているジーパンも所々に穴があいている。髪の毛を見ればフケがついていて、彼が『普通』の生活を送っている人間ではないことを物語っていた。  俺はため息を吐くと、財布の中から一万円札を一枚取り出す。「これで旨いモノでも食え」「え」突然の札の出現に、少年はぱちぱちと目を瞬かせる。「そのかわり、もうこんなことはするなよ」
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