探偵は止まれない

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 一万円札を受け取った瞬間、堪えきれなかった笑みが少年の顔に浮かぶ。――なんだ、年相応の可愛い顔じゃないか。しかし、すぐにその笑顔は消え、代わりに照れたような、バツが悪そうな微妙な表情を浮かべ、「れ、礼なんて言わないからな」と憎まれ口を叩く。 「いらないよ。単なる親父の出来心だ」  ピン、と指先で少年の額を弾くと、俺は車両の隅に立った。窓ガラスに映った少年は、ニコニコとした笑顔を浮かべて、大切そうに金をポケットにしまう。柄にもないことをしたな、と思わないでもないが、まあ、たまにはこんな日も、悪くない。  ――やっぱり、歳を取ったかなぁ。  知らない人間に施しを行うなんて、昔の自分では考えられなかった。自分と他人の間に壁を作って、仕事の時だけその壁をぶち壊していた。仕事が終われば、壊れた壁も元に戻り、また独りの生活が訪れる。  独りで探偵稼業をやっていたときは、それで大丈夫だった。独りが寂しいとか、誰かに頼らなければならないとか、そんなことは考えなかった。『寂しい』と感じるのは子供の延長だと思っていたし、手が足りなければ金を積んで他人に頼り、終わったら縁を切るといった感じで、『特別な誰か』を必要としていなかった。  それがこうなってしまったのは――変わってしまったのは、ひとえに俺に『相棒』が出来てしまったからだろう。  東七菜。  俺より年下の、女性というにはまだ早い、しかし『少女』と呼ぶには有能すぎる人間。  コンピュータに長けていて、人の懐に入るのが上手いヤツだ。ちょっとした事件がきっかけで一緒になった。最初は本当に使える人間なのか疑問しかなかったが、それが杞憂であったことはすぐに知れた。俺が心配するほど、彼女は子供ではなかったのだ。  ――余計な手間はかかるけど。  それを入れても、七菜は有能だった。俺がこの稼業から引退しても、彼女なら独りでもやっていけるだろう。  しかし、若干の依存体質を垣間見てしまうときがある。俺が探偵を辞めたら、彼女も辞めそうな気がする。独立しろ、とは言わないが、俺と違ってまだ若い彼女が、歳若くして職を手放すのは、あまり歓迎されたことではない。それこそ『ノウハウを売る』『弟子をとる』ではないが、俺の仕事を見ている彼女なら――それを引いても有り余る才能がある彼女なら、立派にひとりの探偵としてやっていけると思う。
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