探偵は止まれない

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 ――やっぱり、歳だな。  他人の心配までしてしまうなんて、本当に今日はどうかしている。  ちょっとだけ厄介だった依頼が無事に終了して、肩の力が抜けたのだろうか。理由はわからないが――もしかしたら、先程の勇敢な女子高生や、生きるのに必死な子供を目の当たりにして、この腐った社会の未来を、ほんの少し心配してしまったのかもしれない。 「次はー、シブヤー、シブヤー」  車内アナウンスが停車駅を告げる。  俺はブルゾンのポケットに両手を突っ込むと、出入り口付近に移動した。あともう少しで、柔らかいベッドにたどり着ける。今日は枕を高くして眠れる。思う存分、惰眠を貪ってやろうと決めると、俺は停まった電車からホームへと降りた。  駅から外に出ると、道が樹から落ちた紅葉で赤く染まっていた。もう季節は秋か。つい、この間まで暑い日が続いていたと思っていたのに。こんな些細な季節の移り変わりにも郷愁を感じてしまうのは、やはり――と思いかけて、やめた。  そんなことより、早く帰ってメシを食って寝よう。しばらくは自堕落な生活を送ってやる。そう、心に決めて、駅前の公園を横切っていたら、悲鳴に似た声が聞こえた。  面倒事に巻き込まれるのは勘弁だ。そうじゃなくても、今日は疲れている。気配を消して、そっと歩いていたら、その声は悲鳴ではなく、怒鳴り声だということに気がついた。  若い男女が一組、向かい合って怒鳴り合いの喧嘩をしていた。恐らく痴話喧嘩だろう。別れるとか、別れないとか、不毛な言い合いをしている。  ――恥ずかしくないのかな。  愛し合う男女の間には、時々、羞恥心というものが失くなるのかもしれない。  どちらにせよ、俺には関係ない。さっさと無視して帰ろうとしたら、突然、腕を掴まれた。 「何――」 「言っておくけど、私、本気だから!」  一体、何が『本気』なんだ。本気と俺の間に、どんな関係があるというのか。  よく見たら、痴話喧嘩をしていた女性の方が、俺の腕を捕まえて相手の男に向かって怒鳴り声を上げていた。 「おい、離してくれな――」「アンタ、名前は?」「え? 加納――」  不覚だった。  勢いに負けて、思わず名前を名乗ってしまった。  やばい、と思った時には、すでに遅し。女は、「私、加納さんと結婚する約束してるの」と金切り声をあげた。
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