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京都帝国工科大学、学生棟三階にある和室。そこが、茶道部の活動場所だ。僕――左門楽吉(さかどらくきち)は後輩たちに抹茶を点ててお客さんにお渡しするまでの作法である、「お点前」を教えている。
「お茶を点てるときには、まずダマが出来ないようにしっかりと底から点てる」
そう言いながら、僕は左手で茶碗を抑えて、右手に持った茶筅を茶碗の中で縦に振る。
「ある程度、泡が厚くなってきたら今度は大きな泡を潰して、きめ細かい泡を残すようにする。このとき、茶筅は少し浮かして水面近くを動かす」
点てあがったお茶を見て、後輩たちが感嘆する。
「お茶を点てるとき、あまり力み過ぎるとお客さんから見ても不格好だから程よくね。あとは、お湯の温度かな。抹茶とお湯の量はお客さんの心を推し量って、適量を。さぁ、飲んでみて」
「はい、ありがとうございます」
そう言って、その後輩は茶碗を手に取り、茶碗の正面を避けて反対側から正面が見えるように回して、抹茶を口に含んだ。
「美味しいです、先輩。いつものお茶と同じ銘柄とは思えないくらいです」
「ありがとう」
と、そこに電話が入った。僕はスマートフォンの画面表示を見ると、祖父の秘書から だ。
「ちょっと失礼」
そう言って、僕はスマートフォンを持って和室を出た。
「楽吉様、おじい様からお話があるとのことです。ただいま、どちらにいらっしゃいますか?」
「大学にいます」
「かしこまりました。では、十五分ほどで京都帝国工科大学北山キャンパス正門前に着きますので。ご準備をお願いします」
「分かりました」
そう答えて、僕は電話を切った。
「悪いけど予定が入っちゃったから、今日はこれで失礼するよ」
「研究室ですか?」
後輩は飲み終えた茶碗を畳に置いて、僕に訊いた。
「いや、今日は飴也(あめなり)じいさんから話があるらしい」
「そうですか。お忙しいところ、今日はありがとうございました」
「いいよ、これくらい。また来るね」
「ありがとうございます」
後輩たちに見送られて、僕は学生館を出た。
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