293人が本棚に入れています
本棚に追加
大きな石壁に囲われた邸で陽が沈み始めた頃、先程まで静かだった庭が騒がしくなっていた。
出掛けていた男達が次々に帰ってきている。それぞれがラクダを牽き、邸の裏手の庭にきて、手綱を小柄な少年に預けていく。
愛美はその様子をザイードの居室のバルコニーからぼんやりと眺めていた。
手綱を預けられた肌の黒い少年は男達が立ち去ると、ラクダにブラシを掛け始めた。
黒装束を纏った男達は一仕事を終え、大きな声で語り合いながら邸の中へと入っていく。豪快に笑い、肩を組む。その姿はとても上機嫌に見える。
何かいいことでもあったに違いない。
愛美はバルコニーの手すりから少し身を乗り出し周辺を見回した。共に出掛けたはずのザイードはその場に見当たらない。
先程の少年は一番大きなラクダを念入りに手入れしている。根の入れようからしてそのラクダが誰を乗せるのか、愛美にも直ぐに理解できる。この邸の主人、ザイードのラクダだ。
ザイードはまだ、帰ってきてはいないのだろうか──
少年はブラシをかけながら、ラクダの体を隈無く点検し、厩舎の中へと連れていく。
愛美は無意識に溜め息が零れ、手すりに両肘を預けて頬杖をついた。
そんな愛美の腰がふわっと浮いた。
最初のコメントを投稿しよう!