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ぺースの早い稲垣に合わすことなく、俺は俺のペースでビールを呑み、『きなせや』の料理に舌鼓を打った。
小一時間ほど経った頃、奴がソワソワし出した。空いた皿を重ねたりおしぼりで拭いてみたり。次に行きたくなったサインだ。
「そろそろ出るか?」
奴は真面目な顔で、スシャッと敬礼した。
はあ、酔っぱらい……
「女将さーん、おあいそと会計お願いしまーーす!」
おあいそと会計は同じだろ?
全く、この酔っぱらいが……
きっちり割り勘で支払った。奴は呑んだ量が違うからと、余計に払うと言ってきたが俺はうんと言わなかった。感謝の気持ちがあったからだ。
一人で此処にたどり着けるか自信はないが、また来たいと思うほど良い店だった。
料理はまじで旨くて、見た目は大雑把に見えても、長年培ったプロの技が発揮されている逸品ばかりだ。魚の焼き加減も絶妙で、出汁の利いた煮物も食材の色や照りが食を進めた。
女将もなかなか味のある良いキャラだった。
『明るくて良いお店ですね』
『そおー?ありがとねー!でも明るいのはつい最近エルエーデーに変えたからよー!ハハハ~』
凄く良い店だ……
「稲垣、ありがとう。本当に旨かった。良い店だな」
奴は照れた笑顔で、おう!と言って姿勢を正し、敬礼した。
はは、やっぱりただの酔っぱらいだ……
でも、お前の底抜けに明るいとこ正直好きだ。俺には持ち合わせてない部分だからな。
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