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「その奇妙な店は・・・ロマネスク建築の様式に似ていて、美しい装飾が施された外国の城のような外観でね、中では様々な人間が列を作り皆同じことをしていたんだ」 と、三十二になったばかりの小学校で教師をしている兄が呟いた。 昔から真面目を絵に描いたような人間で。 そんな兄がいい年をして何を言い出すかと思えば・・・そんなふうに感じるだろう。 こんなに憔悴しきった兄を変えた原因はわからない が、この時ばかりはその話を真剣に聞いたのだ。 「あの日・・・」 そして兄は記憶を鮮明に伝えようと目を瞑った。 まるでその話しをもう一度体感するようにして。 僕は空のマグカップにお茶を注いで静かに置く。 あの日、意識を失っていたのか。 これは夢の中なのか。 私は静かに目を開けたのだが。 まだ閉じているのかと疑うほどにただただ黒の視界の中で、人間とはこんな時に面白い。なぜなら耳が勝手に歩いていくような感覚を覚えたのだから、だそうで。 その後に手足を小さく出し左右に払い、恐る恐る歩むことをするのにどのくらいの時間を費やしたか、と兄は困ったように笑うが、 聞いているこちらは息苦しくなった。 これはそんな兄の土産話であったはず。
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