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綺麗な男だった。長めの髪が顔に掛かっているのが少々うっとおしいが、整った顔立ちに長い睫毛に覆われた優し気な目をしている。
初めて目があったと思ったら、秦野はぎこちなく頭を下げ、その姿勢を戻した時には彼の視線は正面に座る山瀬の方を向いてしまっていた。
山瀬が口を開いた。
「で、さっきの続きですが、1冊目は毛色が違いますが3冊ともテーマは幸福だと思うんです。一貫して幸福をテーマにされているのには何か訳があるんですか?」
山瀬が普通に喋っているのだから、きっと耳は聞こえているのだろう。
征治は秦野青嵐の1冊目の話を思い出した。
とある若い男が、勤め先の工場の爆発事故に巻き込まれてしまう。命に別状はなかったものの男は聴力を失い、視力も著しく落ちてしまう。
あまりのことにショックを受け、仕事を失う不安もあって荒れる男を、同じ会社で働いていた婚約者と、学生の頃からの親友が献身的に支えてくれる。
二人のおかげで落ち着きを取り戻し、これからどう生きていこうか前向きに考え始めた男は、やがて婚約者と親友が互いに惹かれ始めていることに気が付く。深く傷つきながらも、耳の聞こえない男は確信も持てず悶々と悩む。
婚約者と親友は男の手のひらに指で字を書いて言葉を伝える。男は伝えられた文字とぼんやりしか見えない相手の表情から、これは彼らの本心なのだろうかと疑い続け、やがて疲れてしまう。
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