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こんなに懸命に自分を支えてくれる二人を疑ってしまう自分に嫌気がさした男は、現実逃避の方法を見つける。
なまじ中途半端に目が見えるからいけないのだ。
それから男の目、いや脳は二人に接するとき、学生の頃一緒にバカをして笑いあった親友の笑顔と、婚約者が自分の事を愛していると言ってくれた時の優しい笑顔、つまり自分が一番好きな相手の表情だけを映し出すようになり、聞こえないはずの耳は指で伝えられた文字以上の自分にとって心地良い言葉を聞くようになる。
平穏を取り戻したはずの男の心は、やがてまた揺れ始める。今の自分にとってこの二人は不可欠な存在だ。しかし婚約者の幸せ、親友の幸せはどういう形なのだろう。自分が二人の足枷になっているのではないのか。かと言って自分が身を引けば、優しい二人は自責の念にかられてしまうのではないだろうか。
そんな時、医師から新しい情報がもたらされる。
傷ついた角膜を移植すれば視力が回復するという。ただ角膜のドナーが現れない限り移植はできない。しかし、自分の口の中の細胞を利用して培養した人工角膜を移植する方法の治験が進んでいるというのだ。
目が、また元のように見えるようになったら。
見たくないと思っていたものが全部見えてしまうのではないかと恐れる気持ち。もしかしたら婚約者の心を取り戻せるのではないかという想い。様々な思いが男の中を交錯する。
そんなある日、婚約者が男の手のひらに「また明日」と書いているとき、男の腕に温かいしずくがぽたぽたと降ってくる。男の脳内では最高の笑顔のはずの彼女が泣いているのだ。男には彼女の涙の理由が分からない。
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