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『福ちゃん』は会社近くにある、小料理屋である。かつてどこかの割烹で修業をしていた料理人が奥さんと二人で始めた小さな店で、リーズナブルな値段で旨い料理と酒が飲めると山瀬のお気に入りの店だ。カウンター席のほかに、壁で仕切られたテーブル席がいくつかあり、個室とまでいかなくても落ち着いて話もできる。 一通りつまんで空腹を満たしたころで、征治は聞いてみた。 「今日は何か大事な話でもあったんですか?会社のことですか?」 「いや、仕事とは関係ない。なんというか・・・なあ征治、幸せってなんだろう?」 いきなりの質問にどうしたのかと驚く。 「はあ?もしかして、山瀬さん結婚でもするんですか?」 「あはは、なんでそうなるんだよ。秦野青嵐の俺が最初に読んだ『春告げ鳥』な。あれから色々考えちゃってな。征治、お前『幸せ』とか『幸福』って聞くと、ムカついているだろ?」 あまりに図星なのでドキッとする。なぜわかったのだろう。そんなに感情が表にでていたのか? 「実は、俺には弟がいたんだ。もう死んでしまったがな」 「それは知りませんでした。妹さんの事しか」 山瀬の妹の千春はまだ大学生で、時々ユニコルノにも遊びに来る。 「俺の一つ下で、俺なんかよりずっと頭がよくて気が強くてな。子供の頃は毎日一緒に走り回っていた。それが中学1年の時に急に難病で倒れて・・・それからはずっと病院暮らしだった」
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