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山瀬はお猪口で唇を湿らせる。 「俺はまるで自分の半身がもがれたような気分だった。弟の事が心配だし、励ましてやりたいからしょっちゅう見舞いに行った。あいつは賢い奴だったから大人たちの前では辛抱強く治療を続けるいい子であろうとしていた。でも、俺の前では気が緩むみたいでな、よく悔し泣きをしていたな」 遠くを見るような目をしながら、山瀬は続ける。 「何年もベッドに縛り付けられているうちに、弟の中に怒りが積もっていくのがわかった。あいつは怒っていた。 病気を治してくれない周りの大人達に、ちっとも良くならない自分の体に、そして病気になる対象として自分を選んだ神さえも怒りの対象だった。 こんな体に産んだ親の事も、たった一つ違いで、顔もそっくりな俺が風邪一つひかない頑丈な体なのも弟をいらだたせた。よく、俺が何をしたっていうんだと言っていたな」 征治は山瀬の弟の気持ちを思うとやるせなくなった。 「効果的な治療法が確立されていない難病だったから、両親は少しでも効果がありそうだと思われれる治療は次々と試し、弟を助けようと必死だった。だが、どれもあまり効かなかった。弟はどんどん弱っていく。 そのうち弟の中の怒りは諦めに変わっていった。俺はそれが怖くて、生きていても何一つ楽しい事なんて無いと言い出した弟を明るい気分にさせるために、パソコンで自分で作ったゲームを見せたり、頑張っていれば新しい治療が発見されるかもしれないと励ましたり、必死だった。 でも、とうとうあいつは『もういいんだ、どうせ助からない』と言葉にした。その瞬間、俺は弟の命の炎がシュンと小さくなった気がしたよ。そして3日後に弟は容体を急変させて死んでしまった。17歳だったよ」 「そうだったんですか・・・」 知り合ってから10年近くになるが、山瀬の身内にこんな哀しい不幸があったことは全然知らなかった。とても気の毒に思うが、なぜ山瀬は急にこんな話を自分に始めたのだろう。
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