20/24
前へ
/548ページ
次へ
「俺は、征治を見ていると時々弟のことを思い出す。お前の中の怒りと諦め、幸福なんて信じている奴は裸の王様だと思ってるその感じがな」 征治は驚いて山瀬の顔を凝視する。自分が唯一信頼して心を開いていると思っていた相手にこんな風に思われていたとは。 「でも、親父さんの事件の前はそんな奴じゃなかった。いいところのボンボンで悩みなんてなさそうで、その育ちの良さから寛容で警戒心もなく、理工の変人と言われていた俺を紹介されても動じもせずひょうひょうとしていた」 山瀬との出会いを思い出す。大学のテニスサークルの友人である後藤に「同じ大学の2学年上に従兄がいる、おもしろい人だし休日に一緒にテニスしよう」と紹介されたのだ。 後藤が会員になっているテニスクラブに赴くと、変なちょんまげ男がいた。 ぼさぼさの髪を後頭部で輪ゴムで結わえている。大学にもよくいるおしゃれ系を気取った長髪男子が下の方でまとめているのとは違う。びょんと後ろに突き出した髪の束を纏めているのは髪用ではなく、どこでも見かけるあの茶色い普通の輪ゴム。 おまけに無精ひげだらけで、掛けている眼鏡の片側のつるが壊れているのか、緑色のテープでぐるぐると固定されている。あれは引越屋がよく使う養生テープってやつじゃないのか? 「ぎゃははは、亮ちゃん、なんだよその恰好!」 後藤が可笑しそうにその男の肩に腕をかける。 「ん?ここんところ、実験でこもりきりでコンタクト買に行く暇も眼鏡直しに行く暇も、髪切る暇もなかった」 「そんなこと言って、俺の誘いには来てくれてんじゃん」 「おうよ、この前の試合、うかつにもお前に負けたからな。リベンジを果たしに来たのじゃ!それにこっちの方が楽しそうだったし」 がはははと笑う。この人、大雑把すぎないか? 「征治、この人こんなナリしてるけど上場企業の社長令息だからね」 正直びっくりした。しかし、その落ち武者みたいな男が俊敏に走り回り、華麗なジャンピングサーブを正確にラインぎりぎりに叩き込んでくるのには更に驚いた。そしてやたらとゲーム運びが上手い。 そして、中学から続けてきたテニスの腕にはそれなりに自信があった征治は、その男にコテンパンにやられてしまったのだった。
/548ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1483人が本棚に入れています
本棚に追加