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それからしばらくして、電車のなかで突然見知らぬ男に肩を掴まれ「おう」と声を掛けられた。この不躾な男は誰だ?
「えっと、ケダモノ君だっけ?」
「慶田盛(けだもり)です」
ムッとしながら睨み返すと、ああそうだったとへにゃりと笑う顔を見て、やっとこの前一緒にテニスをした後藤の従兄であるとわかった。それほどに別人の様だったのだ。
目の前の男はこざっぱりとした服に身を包み、勿論無精ひげも無ければ眼鏡も掛けていない。快活な青年といった感じだった。
「慶田盛君、テニス上手いね。またやろうよ」
「上手いなんて。この前は完敗でしたよ?」
「いや、俺の好きなプレースタイルだった。ただパワーで押してくるだけの奴って面白くないのよ。ああいう頭脳プレーが楽しい」
ああ、それでか。征治は納得した。この前、負けたのに楽しかったのは。駆け引きが面白くて、ポイントを取られてもいらだつのでなく、そうきたか!と言う感じだった。
それから、山瀬というその男と征治は親しくなった。度々テニスの時よりも酷い落ち武者振りで学内をうろついたり、学部棟の中庭で生物部の友人からもらい受けた余り物のサンマを焼いてみたりと、確かに山瀬は理工の変人と呼ばれていたが、その型破りな言動はあまり普段から逸脱したことができない征治から見れば眩しくみえた。
その端的なものが、山瀬が大学4年の時に仲間と会社を立ち上げたことだった。
会社社長であり、地方の県会議員でもあった父親から、子供の頃から進むべき道を決められて心では反発しながらもその通りに進んできた自分。
父の会社とは桁違いな大きさの会社社長の息子でありながら、自由にそして自分の力で進む道を拓いていく山瀬。器の違いを見せつけられながらも憧れに近い気持ちを持った。そしてなにより山瀬の評価を絶対にしたのが、征治の父親の事件だった。
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