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そんな3年の春に雫が父親の転勤に伴い、この高校に転校してきたのだ。
クラスは違うが職員室で偶然一緒になり、楓の担任と、雫の担任から紹介された。
「あぁ、本庄、いいところに。ちょっと来い。転校生紹介するから」
「はい」
担任から雑務を頼まれていた楓が呼ばれた方向に目を向けると、そこには色素の薄い淡い茶色の髪に色白な肌をした雫が立っていた。
第一印象は綺麗な男。大きなややつり上がり気味の目も茶色で思わず目を奪われた。
今思い返してみると、もしかしたら一目惚れだったのかもしれない。
「彼、緒方雫君。明日から5組の生徒だから仲良くしてやってくれ」
「はい。俺、6組の本庄楓。生徒会長やってます。クラス隣だしわからないことがあれば何でも聞いて。宜しく」
雫は楓を見ていた。楓を見るその薄茶色の瞳があまりにも綺麗で見惚れてしまった。
「えっと、俺は緒方雫。宜しく」
そう言ってにこっと微笑む雫の顔は、天使のようだった。
明るく、見た目もアイドルのようで、きっとクラスの人気者になるだろうと楓は思っていいたのだ。けれど、雫は転校早々、陰湿ないじめに巻き込まれてしまった。
楓がそれに気付いたのは5月に入ってからだった。
授業の合間の休み時間に楓は雫と擦れ違った。
職員室で言葉を交わしてからまともに顔を見る機会もなかったが、この時は擦れ違いざま、雫ははっきりと何らかのメッセージを込めて楓に視線を送って寄越した。
楓はそう感じたのだ。
だから声を掛けずにはいられなかった。
「緒方、久し振り」
声と同時に手も伸びて過ぎ去ろうとする雫の腕を掴む。
「……久し振り」
職員室で交わした言葉を思い返す。
あれ?こいつって、こんなにおどおどしていたか?もっと明るくて可愛い感じだった気がするけど……。
楓がそんなことを思いながら何気なく視線を落とすと、雫は靴下のまま校内を歩いていたことに気が付いた。
「上履きは?」
「……失くした」
「え?」
何かがおかしいと思っていたが、まさか雫がそういう対象にされるなんて思いもよらなかった。瞬間湧き上がってきた怒りや苛立ち。許せないと同時に守りたいと思った。
「ちょっとおいで」
楓は雫の腕を掴んで5組の教室へずかずかと入り込む。
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