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楓が教室へ入るとざわついていた5組の教室が少し静かになった。
いつも見ない顔があるだけでこんなにもこのクラスの生徒は反応する。
雫は間違いなく、嫌がらせを受けていると確信した瞬間だった。
「あれー、生徒会長。このクラスに何か用事ー?」
わざとらしく間延びした声が楓の耳に届いた。
声の主は教室の後方で机に腰掛けにやにやとしている。
その周りに4人いるが、その全員が素行の悪い生徒として教師がいつもチェックしている面々だった。
あぁ、あいつらかな……。
楓はすぐにぴんときた。
恐らく雫が妬ましくてこんなことをしたのだろうと考えた。容姿の良さが裏目に出てしまったのではないか、と。
楓は教壇の上から室内の生徒全員に呼び掛けた。
「緒方の上履き知らないか?」
返事はない。
「まさかとは思うけど、上履き隠したりとか、ガキみたいなことしてる奴いないよな?」
この一言で教室が静まり返ってしまった。
しかし楓は躊躇うことなく続ける。
声のトーンを少し落として重大な事を伝えるかのように話す。
「……この大事な時期にくだらないことで、進学も就職も出来なくなったら大変だしな」
楓に目を向ける生徒達は、その言葉を真に受けたのだろう。
その事について教室がざわつき始めた。こんなことが進路に影響するわけないじゃないか。
本当にばかばかしい。
こんな話を信じてしまうのは雫の上履きを隠した当人達だけだ。
楓が後方に目を向けると、さっと目を逸らされてしまった。
あの生徒達で間違いないだろう。
楓はここでの発言で、遠回しではあるが再び過ちを繰り返さないよう釘を刺したつもりだった。
けれどどうしても不安が拭えない。
二度目があったら犯人を見つけ出して生徒集会で名前を晒してやろうか。
そんなことを考えていたらブレザーの裾をくいっと引っ張られた。
雫だった。
「もういいよ。ありがと」
「よくない。あ、そうだ……」
突然の思い付きだったが雫を自分の目下に置くには丁度良い。
楓は再び教室の生徒へ向けて口を開いた。
「それから、緒方は今日から生徒会長補佐として生徒会の仕事を手伝ってもらうから。何かあったら緒方に伝えて」
「え」
戸惑う雫に教室中の視線が向かう。
楓はこれでよし、とばかりに息を吐き教壇を降りた。
教室はまたざわざわとしたいつもの喧噪に包まれ、楓は雫を連れて教室を出た。
「取り敢えずスリッパ借りてこよう」
「うん」
楓の後ろから雫がついてくる。
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