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第一章 鬼の星座
高速道路をひた走る一台の黒いベンツ。
その後部座席で雑誌の記事を読んでいる一人の老人がいた。白い和服で目つきは大海を旅するサメのように鋭い。
この和服の老人こそ、麻薬、闇金融、人身売買、この世の悪という悪の頂点と恐れられる桜井組、組長、桜井浩一郎(さくらいこういちろう)、六十七歳だった。
桜井が持っている雑誌には大きな見出しで、《関東最大の広域暴力団、桜井組が竹内組を襲撃! 抗争激化》と特集が組まれていたが、どれもライターが人々の憶測や噂を適当に記事にしているだけのもので、警察の動向も探れないし、竹内組の動きもわからない代物だった。
そんなの桜井は百も承知だが、それでも購読しているのは世間の注目度を確かめるのには、ちょうど手頃だからだ。
彼の傍らには背の高い、サングラスの男が座っていた。
こちらは五十歳。
桜井は雑誌をたたむと、「舞岡」と、サングラスの男に話しかけた。
「なんですか? 組長」
「中沢のやつ芝居がかった真似をするじゃねえか、幹部の生首を提灯みてえに隅田川の桜の枝に並べたって、誰かと手口が似ているな」
サングラスの男は右腕の若頭、舞岡正芳(まいおかまさよし)は思わず肩をすくめた。
「へ、へえ」
この中沢輝一(なかざわきいち)は舞岡が十三のホステスに産ませた我が子なのだ。
舞岡は関西支部から東京、赤坂にある本家の幹部に昇格した武闘派で、敵対するチャイニーズマフィアの幹部たちの首をドライアイスで冷やして持ち帰り、桜井の屋敷の庭に並べた伝説がある。
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