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「――くん……青羽くん!」
はっと意識を戻すと、カウンターの目の前にはお客様。
呼びかけてきた同僚の女の子が顔を顰め ている。
「もう、何ぼうっとしてるの?」
「あ、スミマセン」
差し出された本を急いで受け取って、レジを打つ。
「ありがとうございました!」
ひとつ吐息を落として予約の伝票の整理を始めた。
「どうしたの?この頃なんだか、ぼーっとしてない?」
女の子が顔を覗き込んでくるのに、何でもないと手を振る。
集中力が散漫な原因は分かってる。 ここしばらく多紀さんの顔を見ていないせいで、彼の事ばかり考えてしまうからだ。
思春期のガキじゃあるまいし――俺はいったい、どうしちゃったんだろう?
「お先ー」
裏口から店を出ると、外はまだ日が高い。夜勤が多いので、明るいうちに帰るのは何となくヘンな感じだ。
駐車場の隅に置いてあるバイクに跨って、ヘルメットを取る。
早くに帰ったところで、別にすることもない。ビデオでも借りてくるかなぁと考えたが、それも何となく気が進まない。
胸の底がもやもやとして、落ちつかないのは何故だろう。
専業主婦にメールでもしてみようかな 。お茶くらいなら付き合ってあげてもいい。
携帯の登録をスクロールし始めた時、目の前の駐車場を背の高い姿が横切っていった。
慌てて携帯をポケットに突っ込む。
「多紀さん!」
立ち止まった彼が頭をめぐらせてこちらを見る。
踵を踏んだままのスニーカーでけんけんをしながら、多紀さんの方へ駆け出した。
「……カウンターにいないと思ったら、上がりだったのか」
「あ、今日は日勤で……多紀さんも帰りですか?」
少し癖のある彼の髪は耳を軽く隠す長さ。額を出して緩く後ろに流しているその髪を、風がさらりと乱す。
「ああ、捜査がひとつかたがついたから、とりあえず」
「えっと……ガーデニングが、お好きなんですか?」
今買ってきたばかりらしい本の表紙を見て、訊ねた。彼の秀麗な眉が寄せられる。
「好きと言うわけではないんだが……上手く育たなくて」
「庭ですか?」
「いや、鉢植えなんだ……種を蒔いた」
「なんて花?」
綺麗な顔がちょっとだけ顰められて、多紀さんが何かを思い出す顔になる。
「……バーベナーとか、書いてあったかな」
「本見るよりも、花屋さんとかにに聞いた方が早いんじゃないですか?」
至極当然の質問をしてみた。多紀さんが口篭る。
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