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「仕事の時間帯が……なかなかあわなくて」
と言うより、行きづらいというのが本音かなと思う。
「……奥さんは?そーゆーのやっぱり苦手なんですか?」
思い切って聞いてみると、多紀さんがはっと左手に視線を走らせた。
「長期出張で、独りでこっちに来ているんだ……宮城から」
「あ……そうなんですか」
その時、俺の頭の中で電球がぱっと燈った。
「えっと、良かったら、俺、見てあげましょうか?」
え?と茶色の瞳が見開かれる。
「あの、俺、そーゆーの、結構得意なんですよ。庭いじりとか」
それはまんざらウソではない。
海外に行けば、お世話になっている家のメンテをすることは普通だったから。
「ペットの世話とか大工仕事とか料理も得意です」
一気にまくし立ててから、あ、関係ないかと呟いた。多紀さんの唇が可笑しそうに歪む。
「……でも迷惑じゃ……せっかく早く上がったのに」
「全然っ!早く帰っても別にすることないですし!」
躊躇う多紀さんを強引に押し切った俺は、内心でガッツポーズをした。
多紀さんの車の後ろについて、バイクを走らせる。
連れて行かれたのは、官舎らしい同じような 建物が並ぶ一画。
「お邪魔しまーす」
玄関を入るとすぐにリビング。作り付けの家具らしいものが置いてあるそこは、どうやら単身赴任者用の部屋らしかった。奥はキッチンと、扉が閉められている部屋は寝室だろう。
テレビとカーペットの上のローテーブル。壁際にはシンプルなチェストがあるだけの生活感のない部屋。
テーブルの上のノートパソコンとその周囲に積み上がった書類だけが、ここに人が確か に住んでいる事を示しているけれど。 部屋の隅には梱包を解いていない段ボール箱が、いくつか積み重ねられたままだ。
「こちらに来てからずっと忙しくて……まだ荷物を全部解く暇がなくて」
俺の視線に気づいてか、多紀さんが口の中で言い訳を呟くのが、なんだか可愛かった。
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