第2章

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「あ、いらっしゃいませ!」 数日後、多紀さんが店に来た。 カウンターから身を乗り出すようにした俺に、同僚の女の子が呆れた視線を投げる。 「花、元気ですか?」 「ああ、おかげで蕾をつけた。咲いたら見に来てくれ」 「えっ、はい!」 自分でもテンションが上がってると思う。 「君が早く上がれるのはいつ?」 え?と見返すと、視線が微妙に外された。 「その……この間のお礼に、食事でもと」 「えええっ!」 思わず出した大声にレジの女の子が振り向いた。 多紀さんの顔がぱっと赤くなる。 「いや、あの、別に君が嫌なら無理にとは」 「いきますお願いします嬉しいですっ!」 一息にまくし立てた後、レジ脇のローテーション表を掴んで予定を確かめる。 「ええっと明後日が早番です」 「じゃあ、連絡する……君の携帯を教えて貰ってもいいかな?」 事件が起こらないことを祈っていてくれと言われて。俺は満面の笑みで多紀さんの背中を見送った。 「あの刑事さんと仲良しになったの?」 うきうきとした顔を繕いきれない俺に、同僚の女の子が尋ねてくる。 「うん、ちょっとね」 「えー私もお知り合いになりたいなぁ。今度紹介してよ」 結構真剣に言ってくるけど。 「だめだよ。だって多紀さん、結婚してるもん」 え、そーなんだ、と女の子。 「あんなステキな人、女の人が放っておくわけないわよねぇ」 「そーだよ。当たり前じゃん」 ケッコンしてるんだから、と。最後は口の中の呟きになる。ちり、と胸の底で、また何かが疼いた。 「わ、咲きましたね」 「君のおかげだ。ありがとう」 それから二日後。俺はまた多紀さんの部屋に来ていた。 食事に行く前に鉢植えを見に寄るかと言われて、二つ返事でここに来た。 ほっこりと開いている のは、淡いピンクの可憐な花。 「せっかく咲いたんだ。枯らしてしまわないよう、気をつけないとな」 多紀さんが伸ばした指で、小さな花弁に触れた。 「……もしかして、奥さんの好きな花、とか?」 それを見つめる多紀さんの視線の優しさに、ふと口にしてみる。 微かに染まった目元が、無言でそれを裏付けた。 どんな人、なのかな。 多紀さんの横顔を見つめながら、ふと思う。 写真で見る限りは綺麗な人だけど。 こんなに素敵な旦那さまを一人で送り出して、虫がつかないか心配じゃないのかな。
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