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専業主婦だという彼女は、子供がいないこともあって暇を持て余しているらしい。同様のお仲間が数人いて、その一人の家で料理講習めいた事をしたことがあった。
講習といっても、旅先で覚えたエスニック料理をちょっと披露しただけでたいした事はやっていない。要するに彼女達の退屈しのぎだ。
それでもグループの面々は結構な美人ぞろいだし、囲まれて悪い気はしないのが男というもの。
気が向いたら、また付き合ってあげてもいいな。
時々誘われる個人的な付き合いには、応じる気 はないけど……今のとこ。
「……私語は控えてくれよ」
先輩に仏頂面で言われて、はーいと長い返事を返した。
「お願いします」
「あ」
カウンターに文庫本を差し出されて。視線を上げると、あの人が立っていた。
「はい、480円になります」
目の前で伏せた瞼を見つめる。右の目元に小さなほくろがあると気づいたのは、いつ頃だったろう 。左手の薬指に光るプラチナの指輪には、真っ先に気づいていたけれど。
「それと……この本の取り寄せは出来ますか?」
彼がスーツの胸ポケットからメモを出した。
なにやら難しそうな表題は、どうやら法律関係の本らしい。
「はい。在庫があるかどうか調べてみますので、お待ちいただけますか?」
レジ脇のパソコンで検索をかける。すぐに出てきた情報に目を走らせた。
「ええと、店の方では在庫切れのようです。出版元にはあるようですのでお取り寄せいたしますか?明後日には届くと思いますが」
「そうですね、お願いします」
「では、こちらにご連絡先をお願いできますか」
取り寄せ依頼票を差し出して、彼が書き込む手元に視線を落とす。
……多紀秀一さん、っていうのか。
名前まできれいだなと思う。
きちんとした字で書き終えた彼が、依頼票をこちらに向けてカウンターの上を滑らせた。それを受け取って視線を合わせる。
「では入荷しましたらご連絡いたします」
「電話にあまり出られないかもしれません。その時はこちらから折り返しますので」
「あ、はい。分かりました」
ありがとうございました、と彼の背中に声をかける。振り返った彼がほんの少し笑みを浮かべて会釈をした。
本が届けば、あの人に電話できる。そう思うと、なぜか心が浮き立つのがわかった。
「……なに、にやついてるの?」
胡散臭げな顔で同僚が聞いてくる。
「え、べっつに?」
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