第1章

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「いらっしゃいませ」 多紀さんが行ってすぐ。自動ドアから慌しく入ってきた客が、真直ぐにカウンターに歩み寄ってきた。 「いらっ――」 女の子の声が上ずって途切れる。 カウンター越しに伸ばしてきた腕。彼女の胸元をぐいと鷲掴みにした男が、顔を寄せた。 「レジから金を出せ」 抑えた、低い声。女の子は硬直している。 目深に被った野球帽と黒いサングラス……まんまじゃん、とどこか冷静な一部分で思った。 「金だ!」 「あ、はいはい、ちょっと待ってください」 言いながらカウンター下の非常ボタンをそっと押す。 「早くしろッ」 「――ひ」 頬にナイフを押しつけられた女の子が瞼を瞑る。 ナイフに血がついているのが分かって、急に背 筋が冷えた。まだ乾いていない血だ。 「何だ?」 「強盗だ!」 店内にいた客が騒ぎ始めた。 「早くしろッ!」 男が逆上した声を出す。 チン!と音がしてレジスターが開く。 女の子の胸元を掴んでいた手を放した男が、腕を伸ばして 現金を掴んだ。ナイフが離れる。「ッ!」 カウンターに飛び上がった俺は、脚で男の身体を蹴った。男がたたらを踏む。 その隙に立ち尽く したままの女の子を、奥に押しやった。 聞き取れない罵声を残して男が走り出す。客の悲鳴が 上がった。 「どいて!下がって!」 叫びながら後を追う。 「――あ」 入り口の自動ドアから入ってきた人に、目を見張った。 ――多紀さん!なんで戻ってきたの? 「どけッ!」 ナイフを振りまわした男が、多紀さんに向かっていく。 刺される!と思ったらもう訳がわかんなくなった。無我夢中で後ろからタックルをかました。 男の振り回した肘が鳩尾に入って一瞬息が詰まる。 「多紀さんッ!」 あの人が刺されたりしたらどうしようと、慌てて跳ね起きた、目の前。 ――床に這いつくばった 男を後ろ手に捻り上げて、背中を膝で押さえこむ多紀さんが居た。 「騒ぐな!警察だ!」 胸ポケットから手帳を出した多紀さんが、押さえつけた男の目の前にそれを突き出す。 男が急に 静かになった。 「……警察?」 唖然としているうちにパトカーのサイレンの音が近づいてきて、警官がどやどやと入ってきた。 男が連行されていく。 「――あの」 俺に向き直った多紀さんが、大きく息を吸い込んだ。 「馬鹿ものッ!」
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