第1章

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「……これを」 戻ってきた多紀さんがカウンターに置いたのは、『優しいガーデニング初級者篇』 ……やっぱり園芸が趣味なのかな。 難しい顔をしているから、軽口が叩けない。やっと少しだけ話が出来るようになったと思ったのに。 「650円です」 無言で札をカウンターのトレイに置く彼の指先に、俺の指が触れて。はっと多紀さんが指を握り こんだ。 「1000円お預かりします」 チン!とレジの引き出しが開く音が、妙に大きく聞こえた。 「350円のお返しです」 目を伏せたままお釣りを数えて、レシートと一緒にトレイに置く。 「……その、この間はすまなかった」 唐突な言葉に、顔をあげた。 「……え、と」 「いきなり、怒鳴りつけて、すまない」 急な展開に反応できないでいる俺を、アーモンド形の茶色い瞳が見つめてくる。 「……いいえ――俺が、考えなしだったんだし」 やっとのこと、言葉を押し出した。 「手はもういいのか?」 大きな絆創膏だけになった左手の掌に視線を走らせて、多紀さんが聞いてくる。 「あ、はい。掠り傷だったし。もうなんともありません」 「……そうか」 良かった、と吐息が落ちて、視線を上げた多紀さんの瞳が緩んだ。 その笑顔がとても綺麗で――思わず見蕩れたのは、隣にいた女の子もだったらしい。 「あっあの、これ!」 はっと思い出して。レジ下の引き出しに入れておいた小さな包みを取り出す。 「この間のハンカチ、血がついてダメになっちゃったから」 代わりですと差し出すと、多紀さんが少し困った顔になった。 「いや……ハンカチくらい、気にしなくても」 「そういうわけには行きません。こういうことはキチンとしないと」 ね、と差し出すと、少し躊躇いながらも、ありがとうと多紀さんが受け取った。 「この周辺の警備が強化されて、警官の巡回も増えるそうだ……少しは安心できると思う」 「はい、ありがとうございます」 「……あまり無茶はしないでくれ」 そう言い残すと、多紀さんは背中を向けた。
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