7人が本棚に入れています
本棚に追加
「……これを」
戻ってきた多紀さんがカウンターに置いたのは、『優しいガーデニング初級者篇』
……やっぱり園芸が趣味なのかな。
難しい顔をしているから、軽口が叩けない。やっと少しだけ話が出来るようになったと思ったのに。
「650円です」
無言で札をカウンターのトレイに置く彼の指先に、俺の指が触れて。はっと多紀さんが指を握り こんだ。
「1000円お預かりします」
チン!とレジの引き出しが開く音が、妙に大きく聞こえた。
「350円のお返しです」
目を伏せたままお釣りを数えて、レシートと一緒にトレイに置く。
「……その、この間はすまなかった」
唐突な言葉に、顔をあげた。
「……え、と」
「いきなり、怒鳴りつけて、すまない」
急な展開に反応できないでいる俺を、アーモンド形の茶色い瞳が見つめてくる。
「……いいえ――俺が、考えなしだったんだし」
やっとのこと、言葉を押し出した。
「手はもういいのか?」
大きな絆創膏だけになった左手の掌に視線を走らせて、多紀さんが聞いてくる。
「あ、はい。掠り傷だったし。もうなんともありません」
「……そうか」
良かった、と吐息が落ちて、視線を上げた多紀さんの瞳が緩んだ。
その笑顔がとても綺麗で――思わず見蕩れたのは、隣にいた女の子もだったらしい。
「あっあの、これ!」
はっと思い出して。レジ下の引き出しに入れておいた小さな包みを取り出す。
「この間のハンカチ、血がついてダメになっちゃったから」
代わりですと差し出すと、多紀さんが少し困った顔になった。
「いや……ハンカチくらい、気にしなくても」
「そういうわけには行きません。こういうことはキチンとしないと」
ね、と差し出すと、少し躊躇いながらも、ありがとうと多紀さんが受け取った。
「この周辺の警備が強化されて、警官の巡回も増えるそうだ……少しは安心できると思う」
「はい、ありがとうございます」
「……あまり無茶はしないでくれ」
そう言い残すと、多紀さんは背中を向けた。
最初のコメントを投稿しよう!