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序章-暗『惨』殺者-
空間を包む暗闇の度合いを、同じく暗闇に関連付けて表すとすれば――そこは黙って数分程立っていないと、どこに何があるのかさえ全く判別出来ないくらいの、それは深い闇であった。
空間の壁に寄り掛かって立つ一人の男。
男――後ろに軽く流された金髪と、鮮やかな緑の目。襟の付いた黒のシャツに、眩しい真紅のパンツがロックな印象を出している――は、ただひたすらに自身の足元を見つめている。
どうやら考え事をしているらしい。男はその体勢のまま微動だにしなかった。
不意に、男が顔を上げる。その表情には、小さな不安が見え隠れしていた。
虚ろに揺らめく――緑の目。
男は一体何に対して不安を感じているのだろうか?
身体の震えを抑えるかのように、添えられた手へ伝わる布の感触。
男が身に付けている、真紅のアームウォーマーがその正体だ。
それと、首に巻かれた真紅の細長いストール。これらは男にとって、とても大事なものなのである。
何故か。それは――『代々受け継がれてきた品物』だからだ。
男は恐怖していた。近頃自分へ強大なまでの殺意を向けてくる、『何か』の存在に。
どこの誰なのか、それ以前に人形なのか異形なのかすらも分からない何かに、ただただ怯えることしか出来なかった。
何故こんなことになっているのだろう?
一体自分は何に狙われているのだろう?
男が身体を抱く自身の腕の力を僅かに強めた、刹那。
暗闇の中から、静かに扉が開く音と共に、みしり、という足音が聞こえて来た。
足音は相変わらずみしり、みしりと鳴らせながら、男の方へと徐々に近付いて行く。
反射的――否、殆ど本能的に、男は身を硬直させた。
脳内の神経という神経から、身体中の神経という神経から、危険信号が発信される。
足音の主から発せられている殺意は、男が感じ取っていた『何か』の発している『ソレ』と、全く同一のものだった。
そして、ぴたりと、男の目前で足音は止まる。
足音の正体を見て、男は途端に心身の緊張を解いた。
「…………何だ、×××か……。どうしたんだ?」
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