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行きと同じように車の後部座席に翡翠と並び乗り込む。朝は隣の翡翠を意識しまくっていたがもうそんな気力もない。
何を話すでもなくぼけっとしながら窓の外をなんとなしに眺める。ガラス張りのビルが朱色の空を痛いほど反射させている。思った以上に僕は疲れていたらしく、背中を柔らかい座席に預けると瞼が重くなってきた。だが眠るほどでもないので、ぎりぎりで意識をつなぎとめながら流れていく赤い風景を視界に入れていると、ふいに右肩に重みを感じた。
「翡翠……?」
「…………。」
呼びかけてみても返事がない。右肩に翡翠の頭が乗せられているため、何を思ってこんな状況にあるのかが分からない。全く。普段の翡翠ならこんなに近づくわけがない。そして意外と重い。
「ふふふ、翡翠くんも疲れてたみたいね。起こさないようにそっとしてあげててくれる?」
助手席から顔をのぞかせ、眠ってしまった翡翠を気遣ってか声を低めて僕に言った。ついっとミラーを見ると父様と目が合い、小さくふっと笑っているのが見えた。
すうすう、と小さな寝息が耳元で聞こえる。少しだけ首を伸ばし翡翠の顔を盗み見る。僕の顔のすぐそばには、敵意も悪意もすべてしまわれた無垢で無害な寝顔があった。最後にこんな無防備な顔を見たのはいったいいつだっただろうか。
すぐ手の届く距離で聞こえる寝息に誘われるように、一度去った睡魔が襲う。さらりとした赤い髪に頬を寄せると僕と同じ匂いがした。起こさないように、そっと身を寄せ重たくなった瞼に逆らうことなく赤い景色を閉ざす。もしかしたら今の僕らは理想的な双子のように見えるのかもしれないな、なんて客観的に心の中で呟いて微かに残っていた意識を手放した。
きっと翡翠は起きたら速攻で僕を突き飛ばすんだろうな。
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