1人が本棚に入れています
本棚に追加
その奇妙な店は、少し入り組んだ路地の先に迷い人を誘う様に建っている。
朝昼夜と関係なく'OPEN'の文字を扉に下げ'CLOSE'の文字が下がった事は無い。
その店は、様々な呼び方で呼ばれているが大体の者がこう呼ぶ…『迷店』と。
「いらっしゃいませ」
入店を告げる鈴の音が響き、その音に反応した男が来店者に一言だけ告げる。
入ってきた男は、濡れたコートを鞄から取り出したタオルで軽く拭きながら店内を軽く見渡した。
外からでは想像できないであろう広さがある店内は、客もそこそこに賑わっている。
まだ湿っているものの、ある程度拭き終えた男は先程一言告げてきたバーテンダーの様な服を着た男が居るカウンターへと足を運び、そのまま座る。
「いつものを頼む」
「かしこまりました」
それだけのやり取りでカウンターの向こうに居る男は、彼の言ういつものを作り始めた。
二人の間に言葉も無く、食器が擦れる音と他の客の会話に店内に流れる音楽が聞こえている。
それから、しばらくしてコーヒーと角砂糖が入った瓶が男の前に置かれた。
「うん。今日も美味い」
二つの角砂糖を溶かしたコーヒーを一口飲み、男は一言呟き静かにコーヒーを飲む。
その様子を見てバーテンダーの様な服を着た店員は優しく微笑み、食器を洗い始める。
すると、店の扉が大きな音を立てて開かれた。
「店員!」
店内に入ってきたボロボロの鎧を着た男は、慌てた様子でカウンターへと走りより息を荒げながら食器を拭き始めていた店員に詰め寄った。
その様子に、客は反応せず会話を途切れさせる事も無く、カウンターに座っている男ですら関心なさそうにコーヒーを飲んでいる。
まるで、それはよくある光景で慣れているかの様に…。
「いらっしゃいませ」
カウンター越しに身を乗り出している息切れしている男に、店員は先程と同じように一言告げる。
「人手を貸して欲しい」
「こちらがメニューになります」
息切れをしている男が店員に言うと、店員は変わらぬ様子で一杯の水と黒いメニューをカウンターに置くと食器を拭く仕事に戻る。
受け取った水を一気に飲み干し、メニューを食い入る様に見始めた男を一瞥すると店員は手元にあるベルを鳴らす。
すると、カウンターの奥にある扉から黒いシャツにフリル付きのスカートを着てエプロンを纏った女が可愛らしい顔を出した。
最初のコメントを投稿しよう!