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しばらく、僕はミラーを通して彼女を見ていた気がする。なぜか、その辺りは記憶が曖昧だ。
「海藤君、どうしたんだい?」
摘花さんから声をかけられて、ようやく我に返った。
「バックミラーをずっと見つめていたからどうしたのかと」
「なんか、女の子がこっちを…」
そうやってミラーを指差した時には、鏡の中に彼女の姿は無かった。
「ねえ、疲れてない? 平気? 運転変わろうか」
「そんなことないですよ! 平気です!」
疲れで変なものを見たことより、ガチガチのペーパードライバーである摘花さんに運転を任せる方がよっぽど怖かった。
署に戻ると、摘花さんは「遺体の身元を特定しないと、司法解剖することになった時に色々大変だから」と、すぐに鑑識課の方へと戻っていってしまった。やることもなくなってしまった僕は、資料課へと戻ることにした。
課へ戻ると、真木さんが困り顔で出迎えてくれた。どうしたのかと尋ねると、お客さんが来ているようで、その客に対して課長がヘソを曲げているらしい。
「やあ、久しぶりだね」
顔を覗かせたのは榎浪さんだった。
彼は警察関係者ではなく探偵、つまり資料課に協力する一般人なのだが、一体どうしたというのだろうか。
「ちょっと情報提供しようと思ったのに篝がおかんむりでさあ。それはこっちの案件じゃないだの何だので。まったくもう」
「まったくもう、じゃないですよ。それで、何の情報を提供して下さるんですか?」
真木さんもだいぶ疲弊しているようだ。榎浪さんに関しては、扱いを習得するまでにだいぶ時間がかかる。その上習得しても相手をするのに疲弊してしまう。でも不思議な魅力のある人だ。
「今朝、河川敷で死体が上がっただろう。あれについてだ。第一発見者がうちの所員でな。話を総合した結果、うちで扱っているある家出人ではないか、と。身元が分かっていないようなら手助けできると思ったんだが…」
「それはこっちじゃなくて摘花さんにしてあげてください」
「あの、一応…顔だけならわかるかも…」
今朝のその遺体の現場検視に立ち会ったということも合わせて伝え、一応打診してみる。
「ふむ。……ではあのチビ助も呼んで3人で情報の突き合わせといこうじゃないか。内線借りるぞ」
返答を待たず、彼は内線を取り迷いなく鑑識課の番号をプッシュする。数十秒の会話の後、署の近くにあるパン屋で軽く話そうということになった。
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