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「うん。君もやっていけばぶつかる壁だと思うんだけど、研究っていうのは目的や背景を説明するのが一番難しいものなんだ。特に理学部みたいに、原理やしくみを探求する学問に関してはね。だから、最初のうちは、研究をしながら、なんのために研究をしているかわからないって状態によくなるんだ。たぶんその疑問は卒業するまで尽きないと思うよ。根本的なことにして一番難解なところ。だから、いい質問」
「そ、そうなんですか」
目的を知るのが一番難しいだなんて、私にはまだよくイメージができなかった。
「うん。それだけ最先端は、もう地盤がみえなくなるくらい積み上げられているってことなんだ。きっと偏差値の高い大学の院生だって、自分がなにをやっているかわからないまま卒業した人は結構多いんじゃないかな。でも僕がいるから、多少の知識はあげられる。ちょっと話も長くなるし、難しい話になるから、また今度ちゃんと用意して説明してあげるよ」
「はい……お願いします」
「あ、そうだもう一つ君に有益な情報をあげよう」
日向先輩はそう言うと、よっこらしょ、とこたつから抜け出した。そこで初めて、日向先輩がパジャマにはんてん、という奇抜、というかくつろいだ格好をしているのがわかる。
彼は背中をまるめたまま、ひょいひょいと器用にダンボールを避けて、私がさっき来た道を通って北側の扉を目指す。そして扉にたどりついたところで振り返り、私に手招きした。もう、またあそこを通るのか。
こっちの南側の扉のほうが近いのに、と内心思いながら、先輩の後を追うようにダンボールの山をまたぎ続けた。私がようやく扉をくぐって廊下に出ると、先輩はポケットからとりだした鍵できっちりと扉を施錠する。彼はまた廊下から南側の扉まで回り込むと、その扉にも鍵がかかっているか外から確認した。がちゃがちゃ。うん、だいじょうぶ、と彼は満足そう。
「ちゃんと施錠するんですね」
「うん、通帳とか大事なものもあるしね」
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