1.鍵の開いた部屋

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 私たちは事務を出て、再び居室に向かった。ぱたぱたぱた、と日向先輩はそのうちに飛んでいってしまうんじゃないかと思われるくらい軽いフットワークで廊下を歩く。対して私は、誰かに見られているわけではないのに身をちっちゃくしてその背中についていく。昔から恥ずかしがり屋なほうではあるが、人と歩いているだけで恥ずかしくなったのは恐らく個人史上初である。  D204の黄色の扉にたどりつくと、先輩は鍵をノブの鍵穴に差し込んだ。 「あれ?」 「どうしたんですか?」 「鍵が開いている。誰かいるのかな」  先輩は怪訝そうに色素の薄い眉を寄せた。ぎぃ、と扉を開け、紙とダンボールだらけの世界へ、私たちは再びその身を投げ入れる。日向先輩の予想に反し、そこには人の気配はない。さあ、と風がふいて、床に敷き詰められていた紙の何枚かがはらりはらりと舞う。鍵が開錠されているにもかかわらず部屋が無人、という、いっけん矛盾した現象が物理嫌いの私の好奇心をくすぐった。 * 「先輩、本当に鍵はかけたんですよね?」 「うん。そりゃ間違いないよ。鍵をかけることなんて幼稚園児にだってできるんだから、この僕がそんな人生の初歩で会得すべき技でミスるなんてありえないじゃないか」 「じゃあ……鍵をほかに持っているのは誰ですか?」 「僕と先生と、それからもう一人の辻崎研メンバーの子だけだよ。でも先生は出張中だからなあ」 「出張されているんですか?」 「うん。韓国に一週間ね」 「じゃあ先生が開けたわけじゃなさそうですね。ということはもう一人の先輩でしょうか?」 「きっとそうだよ。僕たちがこの部屋を空けている間に開錠して入って、何か急用を思い出して出ていった」 「鍵もかけずに?」 「慌てていたんじゃないかなあ」 「あ、先輩。窓。さっきはブラインドがおりていたのに、今は全開になっています」 「あ、ホントだあ」  日向先輩は、ひょいひょいと器用にダンボールをよけながら窓に近づくと、窓の外や桟の部分を調べ始めた。一通り調べ終えた彼は「でもここの窓から人が出入りした形跡もないね」と言って、からからから、と窓を閉めた。そして校旗をあげるみたいな動作で紐を巻いてブラインドを下ろす。
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