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少女は私の姿を見つけると、かなり不名誉で失礼な言いがかりを投げつけてくる。
なにがなんだかわからない私は、とりあえず少女の侵入経路を確認するためにもう一度窓の外見る。するとなんてことはない、そこには、今私が立っている床と同程度の標高のコンクリートが広がっている。
このD棟とやらは上から見るとL状になっており、204号室はちょうどその直角近傍に位置している。私が空中と思っていたその一角は、一階部分の拡張なのかあるいはとりつけた建物なのか、どちらにせよL字の直角部分にテトリスのブロックがかっちりとはまりこんだような構造になっていたのだ。要するに窓の向こうはそのままD棟一階部分の屋上に通じていたわけで、窓を超えるぶんには危険なんてなにもなかったわけである。
「何の用だよ、文句でも言いに来たってのか?」
「いえ。私はそのぅ、こちらの研究室に配属になりましたので、ご挨拶にと」
「聞いてねえけど。なに、ねーちゃん、うちの研究室なの?」
「え? うち……ってことは先輩だったんですか?」
「修士(マスター)一年の日名川(ひなかわ)ナノだ。まあ私は外部から進学してきたからな。知らないのも無理ないか」
ナノ先輩、か。珍しい響きだが、本人のスケール感をばっちりおさえている名称ではある。少なくとも名前負けしていない。口はともかくあんまりに小柄で可愛らしいので、思わず「ナノちゃん」と呼びたい衝動に駆られるが、さすがにここで失礼を重ねて、ただでさえ学問に殺される予定の一年をさらに過ごしにくくするのは賢くない。
「ご、ごめんなさい、私ったらなんて失礼を……」
「まあいいけど、慣れているし。私こそゴメンな。後輩とわかってりゃ私だってあんなコトしなかったのに。でもいい揉み心地だったぜ」
「猫、見つかったんですね」
最後のは聞かなかったことにして、私は彼女の頭に乗っている灰色の仔猫に視線を向けた。灰色の、トラっぽい模様の猫。首輪にはリンゴのストラップ。言っていた通りの外見のその仔は、無垢な瞳をこちらに向けて、みゃあと鳴き、私の母性をくすぐった。
「うん。こいつはニュートン。この研究室で飼っている猫ね。かわいいだろ」
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