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日向先輩はいつの間にかこたつに入って、われ関せず、といった様子で器に盛られたナスの漬け物を箸でつまんで食べている。どこからそれを、というかなぜにナスの漬け物、と思ったが、日向先輩の言動の奇抜さを疑うのも何だかいまさらな気もするので声には出さない。そんなフリーダムな日向先輩の行動を見て逆上したナノちゃん先輩が、ダンボールの中で粒子に例えられていたニュートンをけしかけた。
「ニュートン、やっちまえ!」
「にゃ」
ナノちゃん先輩にどこまでも忠義なニュートンは、日向先輩を親の仇のように爪で痛めつけた。しばらく彼の痛ましい悲鳴が居室に充満したが、憐憫よりもなぜか清々しい気持ちが勝ったために、救いの手は差し伸べない。
私は日向先輩が不幸に襲われているあいだに考えた。
私たちが事務に行っている間、この居室の鍵を開けたのはナノちゃん先輩で間違いないだろう。居室に入ったナノちゃん先輩は窓の外に出て、ニュートンとお昼寝をしていたという。ということは俄然可笑しいのは日向先輩の発言だ。窓の外を調べてナノちゃん先輩の存在を確かめたにもかかわらず、彼はあろうことか鍵を閉め、締めだした。つまり、「誰がなんのために居室の鍵を開けたか」、という謎は、「なぜ日向先輩はウソをついたのか」、という謎に姿を変える。
「先輩、説明してください。どうしてナノちゃんが今日来られないってウソをついたんですか。それに、どうしてナノちゃんが窓の外にいることを確認しておきながら窓に鍵をかけたんですか?」
「おい、『先輩』が抜けてんぞ」
一瞬だけむっとした表情をつくるナノちゃんだったが、すぐ得心したような顔になった。
「でも、今のでだいたいわかったぞ」
「え?」
「おめー、なんて名前?」
「鮎川椎奈です」
「あのダンボール、またいだ?」
「ええ、はい」
「おい日向、携帯だせ」
「なくした」
「ニュートン! こいつの携帯探し出せ!」
「や、やめろおい」
それまで日向先輩の顔面に傷痕を無限に製造していたニュートンは、ナノちゃんの声を聞くとその場を離れ、床に鼻をくっつけるような体勢になって居室を動き回り始めた。そのちっちゃな体躯と猫ならではの運動能力を活かして、雑に置かれた障害物をものともせずにスイスイと移動する。
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