2.瞬間移動

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「へえ。そうなんですね。でも、そのレイキとかキテイ状態ってのがよくわかりません」 「なるほど」  先輩は読んでいた論文から目を離し、私を見た。一般人の光彩を有機溶媒で何倍にも希釈したような色素の薄い目だった。 「じゃあ君が少年漫画の住人の一人だとしよう」  「え? あ、はい」 「君はそのまま何もしなければただの普通の人間。だけどある秘薬を飲めば特別な力が得られるとする。強くなるんだね。ただし必殺技のビームを発射するとエネルギーが切れて、もとの状態に戻ってしまうんだ」 「じゃあその普通の状態が基底状態で、強くなっている状態が励起状態、そして励起状態から基底状態へ戻る際に発するもの、つまり必殺技のビームが蛍光にあたるわけですね」 「そうそう。その通り。そして秘薬が励起のエネルギー源だ。放たれた電子だったり、光だったりする」 「ふうん……」  なるほどなあと私は頷いた。  きっと蛍光って現象は基礎すぎて時間をとる話でもないのに、日向先輩はちっともイヤな顔をせずにむしろ何倍も知識を添えて教えてくれる。理解が遅くて、多方面からアプローチしたい私にとってはその学び方はぴったりで、それまで抱えていた学問に対する嫌悪感みたいなのをそこまで覚えずに済んでいた。隙あらばスカートの中を見てくるという性癖を除けばかなりいい先輩に恵まれたと言える。ちなみに私は居室にスカートをはいてこなくなった。  先輩の偉大さに対する感謝と性癖に対する辟易という、矛盾した感情を同時に噛みしめていると、居室の扉が激しくあいてナノちゃんが飛び込んできた。そのちっちゃな体躯の半分くらいの体積はある、大きな洗濯カゴを持っている。彼女は特徴的な八重歯をちらりと見せて、こたつで漬け物をむさぼっている日向先輩に向かって叫んだ。 「おいコラ日向、なんで電話でねーんだよっ。さっさととりにこいよっ。私のがほせねーだろ!」 
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