2.瞬間移動

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 謎の動詞に関する疑問への解答は、ナノちゃんが引き継いだ。彼女は日向先輩から押収した漬け物を箸で口に送っては、ぽりぽりとそれを噛み砕いている。「僕の秘薬がー」と、捕縛されたカゴの中で非難めいた声を上げる日向先輩。いじわるなナノちゃんは日向先輩の口の近くまで漬け物を近づけておきながら、すんでのところで取り上げて「はい、ダメー」とかやっている。この人たちはいつもいがみあっているけど、たぶん相当仲がいいと私は思っている。 「聞いたことねえか? 辻崎、あいつ多重人格なんだよ。正確に言うところの解離性同一性障害。大部分の時間はいつもの低血圧系男子だけど、ごくたまに人格が入れ替わるんだってさ。椎奈もきいたことはなかった?」 「ええっと……急に癇癪を起こすってことくらいは知っていましたけど、まさかそんな精神疾患があるとは思ってもいませんでした」  日向先輩が言った。 「『ボケ老人』と『武術の達人』の人格なら僕も見たことがあるよ。噂によると、『幼稚園児』とか『グラビアモデル』なんかの人格もあるらしいよ」 「へ、へえ。多彩なんですね……。というか、それで仕事が成り立つのが凄いです」 「辻崎研が不人気なのってソレが原因じゃねーの? 私は外部進学だったからよく知らねーけど」 「他の人は敬遠するみたいだけど、毎日がスリリングで僕は好きなんだけどね。第一、教授なんて頭のおかしいヤツしかいないじゃないか。人格が破たんしているくらいで他の教授と優劣がつくとも思えないね」  日向先輩が独特な持論を言い終わった直後くらいに、ナノちゃんが、すこん、と彼がおさまっているカゴを蹴っ飛ばして横に倒した。そして、ずるずる、とナメクジみたいに這いだしてきた日向先輩に、ちっちゃいのに物怖じしないナノちゃんは威風堂々と言う。きゅう、と猫みたいに目を吊り上げて。 「まあいいから、早く迎えにいってこい、日向」 「僕が? なんで?」
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