2.瞬間移動

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「単純な理由さ。隣に女の子がいるのといないのとでは、幸福度に雲泥の差があるからだよ。ただでさえ男女比が男子校レベルの物理科の数少ない女の子が、ただでさえ不人気のうちの研究室にきてくれるなんて確率的に奇跡といってもいいくらいだしね。この恩恵にあやからない手はないじゃないか」 「お昼買うついでだからいいですけど。それにしても先輩って包み隠さず本音をしゃべりますよね。女の子が好きなのは構いませんが、下心を隠さないと女の子もイヤがっちゃいますよ」 「ウソつくだけ時間の無駄だし誰も得しないじゃないか。僕の本音が気に入らなければそれでいいし、本心を隠して突き合わせるのも騙しているみたいですっきりしない。建前はロスだよ。僕からしたらむしろ本音を隠す意味が理解できないね」 「はあ……」 「君はイヤだったりするのかな?」 「いえ」 「じゃあいいじゃん」 「確かにそうですけど」  言わずもがな、この人の感性はかなり独特である。  ひょいひょいと奇妙なフォームで学内を歩く日向先輩のあとを、私はやっぱりちっちゃくなってついて行く。先輩は、足の甲がカメ甲羅を模していて、突起のように首や手足が地面と平行にとびだしている変なサンダルを履いており、ぱたぱたばた、と足を踏み出すたびに音がなっている。こんなサンダルどこで売っているんだろう。消費者側が何を意図して買ったのかももちろん謎だが、メーカー側の、商品にかかげたコンセプトも伝わってこないのは珍しい。  さて、我らが辻崎先生は図書館の近くのベンチの上で体育座りして、特に何をするわけでもなくぼんやりと大気を見つめていた。先生の体力限界値は異常なまでに低いので、しばしばこのようにすべての動作を停止して「充電」をしなきゃならないことは彼を知る者ならわかるんだけど、はたから見たらただのヤバい中年である。少なくともちっとも偉い先生には見えない。
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