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「やっぱり、病院に行かれた方がいいんじゃないですか?」
「僕は正常」
「いえ、あの、外傷のほうです」
「ああ、この傷か。それも大丈夫だよ。へっちゃら。たぶん。痛くないし、スリ傷。ほっとけば自然治癒する。それよりも」
「……はぁ」
へっちゃらって、本当だろうか。通常時のステータス値がほぼ瀕死に等しい先生がいくら大丈夫と主張したところで、簡単に信用できない。先生の体力を考えれば転んだだけでも命取りになるに違いないのだ。
そんな私の心配とは裏腹に、どこまでも自分の身体に無頓着な辻崎先生はおかしなことを口走った。
「どうやらね、瞬間移動してしまったらしい」
「……瞬間移動、ですか」
「うん。瞬間移動」
「意味がわかりません」
先生の中に何人かいるという人格の内に超能力者でもいたんだろうか、そんなことを思っていると、彼はごそごそと薄汚れたスラックスのポケットの中からボロボロの財布をとり出した。そしてお札入れの間から何かを抜き取って、天日干しした野菜のような痩せた腕を私のところまでのばしてくる。
先生の頼りなげな指の間に挟まっていたのは、二枚のレシートだった。
*
「なんですか、それ」
「レシート」
「それは見ればわかりますけど……」
雑にしまわれていたのか、少しだけくしゅくしゅしている二枚のレシート。二枚とも生協のものだが、よく見ると発行した店舗が違う。
このT大の敷地は上空から見ると南北に長い長方形のような形をしており、北の工学部エリアと南の芸術エリアの二つにそれぞれ大学生協がある。この二枚のレシートはそれぞれ二つの店舗から発行されたものらしかった。
各々の購入リストには、
北エリア店舗『プレミアム・アイスコーヒー 148円(税込み)』
南エリア店舗『ジャンボメロンパン 150円(税込み)』
と記されている。
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