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「あの、すいません、これがなんなんですか? 最初から説明してもらってもいいですか?」
私の頼みに対して、先生はあーとかうーとか、亡者のうめきのような声を出すだけで、その口から説明がとびだしてくる気配はない。そんな要領を得ない彼の態度にやきもきしていると、日向先輩が私の手から二枚のレシートをすっと奪い、一瞬の思考ののちに、「なるほど。読めたよ」などと探偵みたいなことを言う。
「これ、購入時間がほぼ同じだよ」
「……あ、本当だ」
レシートの下の方に、購入した時間として今日の日付とともに12時20分、12時22分、と記されている。
「恐らくこういうことだね。恐らく今日の午前中に別人格が現れて、ジュンヤの知らない間に買い物に出た。それで――」
「待ってください、ジュンヤって誰ですか」
「え、辻崎先生。辻崎純也っていうんだよ」
「ファーストネームで呼んでいるんですか?」
「うん。そうだけど」
先輩は当然のようにうなずく。古今東西、大学の教授とこんなに親しくしている学生は先輩以外にいないんじゃないかと本気で思う瞬間だった。
「で、人格が引っ込んで再びジュンヤに主導権が戻ったときにはその二枚のレシートが入っていた。それも、同じ時刻に購入履歴が記されていたレシートだ。この二つを手に入れるには、距離的に離れた二つの生協を一瞬で移動しなければならない。だから瞬間移動。でしょ?」
なるほど、確かに不可解だ。
北店舗と南店舗の距離はおそらく三百メートル以上はある。この距離を二分で移動する、だなんて、先生の体力じゃとても無理だろう。いや誰だって無理だ。仮に二分以内に移動できたとしても、店内はお昼どきで混んでいたはずだ。行列に並んでいるだけで二分なんて簡単に過ぎてしまう。
「そう。ちなみにお金もなくなってる。五百円玉が入っていたはずんだんけど、今は二百円しか入ってない」
「二百円? それ可笑しくない? 残金は二百二円のはずだ」
「そう。それも謎」
「会計のとき、面倒でお釣りをもらわなかっただけじゃないですか?」
私は続けて言った。
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