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「どうしてですか。気になりませんか? このままだと本当に先生は瞬間移動したことになっちゃいます。先生はどうしてわざわざパンとコーヒーを二店舗でわけて購入したんでしょう? 片方のお店で買えばいいのに。おつりはどうしてもらわなかったんでしょう? 距離の離れた二店舗をどうやって移動したんでしょう?」
「見返りがあるなら手伝ってもいいよ」
「なにが欲しいですか?」
「おっ――」
「見返りと労働が釣り合っていません」
「まだ『お』しか言ってないけど」
私は息をついた。顔を見れば、先輩がモラルに反した要求をしようとしていたことなんてだいたいわかる。
「いい働きをしてくれたら漬け物買ってあげますから。胸やお尻はだめです。パンツもだめです」
「まだなにも要求してないんだけど……まあ、じゃあ漬け物で手を打とう」
というわけで、先輩のスケベな発想から己の貞操を守りつつ、交渉成立。
私たちは南北にわかれて、瞬間移動を暗示する二枚のレシートの謎について調査することになった。
先生は自分で言いだしたことなのに足を動かす気はないようで、「わかったら教えてー」と言って先に帰ってしまった。こうなるとなんのためにここに来たのかわからないが、例の「知りたい欲」が出てきてしまった今、引き返すわけにはいかない。この謎を解明しなければどのみち私はこの問題に頭を束縛されて、他のことに手をつけられない、という生産性のない一日を過ごすことになる。そんなのはごめんだ。
私は学内のメインストリートを通って北店舗に向かった。
ここは工学部の棟が集中しているエリアで、学校敷地のだいたい中心に位置しており、図書館や学食も近くにあることから比較的人が密集しやすいスポットとなっている。昼時は必ず混むし、やや過疎気味のエリアにあるD棟で生息するのに慣れてしまった今、人々が交差する様子を見るとちゃんとした総合大学にいるんだということが自覚できる。だいたい部活動の勧誘もこのあたりで行われたりしているし、太鼓やら吹奏楽やらのサークルのゲリラ演奏が昼休憩の時間に勃発したりもする。
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