2.瞬間移動

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 見渡す限りでは募金箱のようなものもない。  しばらくして、コーヒーが注がれた透明のプラスチックのカップが差し出された。代金を支払い、それを受け取るとレジの脇に置かれたガムシロとストローを手に取って店を出た。足を踏み出すたびに、コーヒーに浮いたキューブ状の細かな氷ががらがらと容器内でぶつかり合っている。細長い包装紙から曲がるストローをところてんの要領で押し出して、上蓋のへこみにそれを突き刺す。  収穫ゼロか。ちぇっ。  じゅごごご。 *  数分後。 「なにやってんですか」 「ん」  待ち合わせ場所に集合した私は目を疑った。さっきまで先生が座っていたベンチの下に、ダンゴムシのように丸まった日向先輩の身体がぎゅうぎゅうにおさまっている。全身ピンクで決められた枠に閉じ込められているその様子はまるで紅白まんじゅうの紅いほうである。巨大なピンクの塊に対して発せられる道行く人たちの怪訝な視線が私にまで当たって恥ずかしい。 「寒いから」  風よけ、とでも言いたいのだろうか、この男は。 「私と縁を切りたくなかったら今すぐそこを出ることをお勧めします」 「なるほど」  先輩はもぞもぞと身体をよじりながらベンチの下から這い出ると、縮こまったままではあるがその場に立ち上がる。先輩の体型は細くて長い。ピンク色のダンゴムシがイチゴ味のポッキーに様変わりしたような感覚になる。 「先輩のほうはどうでした?」 「ん。別になにもなかったよ。普通のお店だった」 「メロンパンは?」 「売ってたよ」 「買いはしなかったんですね。先生を見かけた人とかはいませんでした?」 「聞いてない」 「え? どうして聞かないんですか」 「十歳より年上の人は眼中にないよ」 「そういう問題じゃないですよ」
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