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あまり期待はしていなかったけど、これじゃ収穫ゼロどころか動いたエネルギーぶんマイナスである。私は減給を決意した。だが結果的にその心配はなかった。私が北店舗で経験したことを時系列で説明すると、それまで寒さに顔を梅干しみたいにしわくちゃにしていた先輩の顔が急に明るくなった。天を覆っていたまっ黒の雨雲の隙間から一筋の陽光が顔をのぞかせたみたいに。
「ああ、なるほど。腑に落ちた」
「え、わかったんですか?」
「たぶん。証拠はないけど、少なくとも辻褄のあう解答がひとつだけ」
「教えてください!」
「いいよ。その前に」
先輩は、カエルが舌で瞬間的に獲物を狩るように私の手からコーヒーの入った容器をすばやくひったくる。普段こたつでだらけている先輩からは予想もできない早業に私は目を剥いた。
「あっ! がめつい人ですね。あげませんよ。飲まないでくださいね。間接キスとかイヤですから」
「さすがにそんな小学生みたいなことしないよ」
とか言いつつ先輩はストローを喉の奥までつっこみ、頬をへこませて中の液体をじゅごごごご、と吸引する。コーヒーはみるみるうちに吸い上げられて容器は氷だけになった。
「もうっ! 言葉と行動が真逆ですっ! 汚いっ!」
「じゃなくって。ええっとさ、確認したかったんだよ。大きさを」
「大きさ?」
先輩は残った氷を容器の中でがらがらともてあそびつつ、ベンチ周辺をうろうろし始めた。なにがなんだかわからない私はとりあえず黙って先輩の不規則な導線をフォローする。そのうちに先輩は図書館前の広場の一角で足を止めた。そこにはキューブ状の氷とコーヒーと思しき黒い液体が散らばっている。
「これって……」
「うん、氷だね」
「これがなんでしょう?」
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