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「先輩、ここわからないんですけど」
「んー?」
「固体なんですけどー」
相変わらずこたつで漬け物をむさぼっている先輩に私は広げたテキストを突き付けた(今日はきゅうりの浅漬けだった)。先輩は小一時間前から精読にかかっていた英語論文から視線を離すと、テキストを一瞥して目をパチパチ。
「ああ、面白いところじゃん。一番」
「ちっとも面白くないですよ。つまんないです。意味不明です」
私はため息をついた。
私が今しがた苦戦を強いられていたのは、固体物理学という、読んで字のごとく固体そのものや固体に関する物理現象を扱う学問である。この道に進む研究者からしたらこの辺りの知識はもはや常識なので卒論にも表立って登場しないし、そういう意味では研究に直接関わりはないかもしれないけど、半導体も固体の一種には変わりないので基礎から固めたい人はキッテルの固体物理とかを勉強することになる。らしい。私は別にそこまで気合を入れているわけではないんだが、単位が足りていないので近い分野の勉強でもするかということで履修している。固体の授業は学部にもあるのだ。
そして今取り組んでいたのは前回の授業で出されたレポート課題で、ヒュッケル法と呼ばれる手法を用いて分子軌道を近似的に求めなさい、というものなんだが、これがさっぱりわからない。
「この前教えた、基底状態だとか励起状態だってこの知識がなければ理解しているとは言い難いよ。結合してエネルギーがどうなって波動関数がどうなるかってのは、ここにエッセンスがつまっているわけだから。逆に言えばこの結合のメカニズムを理解できれば、基底状態だとか励起状態がどういうものかイメージできるようになる」
「うう、深いです」
「いっぺんに憶えようとするのは確かに難しいかもね。でも少しずつ理解していくと面白いところだと思うよ、僕は」
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