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物性実験・辻崎研。それが、私の配属された研究室だった。
私の在学しているT大学の物理科の学生は、四年生から研究室配属がなされることになっている。成績の良い者から順に研究室を選択できる、というシビアなルールが適用され、三年生まで低空飛行を続けていた私が一番不人気だった研究室に押しやられたかっこうだ。大学生の最後の一年、恐らく私はここで最先端の研究に携わり、卒論というものを執筆することになる。
「はあ」
学生居室、D204。そう書かれたメモを片手に歩きつつ、私はため息をついた。
三月の下旬。とある日の午後。新学期を目前に控えたその時期、私はその辻崎研究室の先輩一同に挨拶するために、メモに書かれた学生居室に向かっていた。もっとも、モチバーションがモチベーションなので私の脚は普段より二割増しで重い。
恐らく新一年生と思われる集団が、幸せそうな笑顔を八方に放射しながら私とすれ違い、通り過ぎていく。きっと数えきれないくらいの希望や楽しみに胸を膨らませているはずの彼らに恨めしそうな視線を送りながら、私は再び嘆息した。私もあんなころがあったっけ。けど、かつて学問に対して抱いていた自信や夢はこの三年で課されたレポートや期末試験で根こそぎ殺され、今自分に残っているのは、この道を選ばなければよかったという後悔と劣等感だけだった。
ぴゅう、と生暖かい春風が、桜の花びらといっしょに舞っている。本来だったら新たな出会いに心弾ませる季節だが、ブルーな私は空気の抜けたボールのように弾まない。
「おいねーちゃん」
「ん?」
そのとき、たたた、と小柄な少女がこちらに駆けてきて、私を呼んだ。ちっちゃくまとめた彼女のポニテが駆け足に合わせて揺れている。近所の中学生だろうか。背丈は百六十ある自分より頭ひとつぶんも小さい。黒のパーカーにデニム生地のショートパンツが小柄な体躯をボーイッシュに包んでいる。
ちら、とかわいい八重歯をのぞかせながら彼女は言った。
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