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「このへんでさあ、猫見なかった? 灰色の、トラっぽい模様のやつ。リンゴのストラップが首輪についているんだけど」
「ごめん、知らないなあ」
「そっか、サンキューな」
「お嬢ちゃん、どうしたの? 猫、いなくなっちゃった?」
目線を相手に合わせるようにして腰を屈め、話しかけるときはなるべく笑顔で。人生の歩みとともに作成してきた「対小っちゃい子マニュアル」通りに対応したはずなんだが、それを見た少女は予想に反してぶすっとした顔になる。そして、猫みたいにきゅうっと目を吊り上げて言う。
「お嬢ちゃんだぁ?」
「……え?」
「オメーみたいに誰でも背とおっぱいがあると思ったら大間違いだ! おとといきやがれ、こんちくしょー!」
少女は、それこそ獲物を狩る猫みたいな瞬発力で私の懐までもぐりこむと、両手をつきだして胸をわしづかみにした。ぐにゅ、と少女の小さな手が私の胸元に埋まる。きゃっ、と年甲斐もなく悲鳴を上げて、その手を払いのけようとしたときには、少女はすでに私のパーソナルエリアから脱しているあとだった。彼女は私に背を向けて一目散に逃げていく。
なんなのよ、もう。
*
妙な奇襲に遭ってから数分後、やたらボロくさいD棟とやらに入り、目的の部屋の前にたどり着いた。鬼が出るか蛇が出るか。なんの住処にせよ私を苦しめる場所に違いないので、できることならここを開けずに帰りたい。はぁー、でもなあ、と暗鬱な息とともに弱い気持ちを内側から追い出して、私はその重圧そうな黄色の扉の表面を軽くたたいた。コンコン。
はあい。どうそぉ。
間の抜けた返事が中から聞こえてきたので、そっと扉を開ける。
「いらっしゃい」
「ど、どうも」
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