1.鍵の開いた部屋

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 まず目に入ったのは大量の紙だった。私が住んでいる八畳のアパートの部屋を三、四倍にしたくらいの面積の床一面にA4用紙が敷き詰められている。紙は印刷物で、パワポのスライドを四分割で印刷したもの、変なグラフ、見ると頭が痛くなってくるような複雑な数式、明らかに科学が絡んでいそうな図などその種類にはかたよりがない。過去に使ったものだろうか。でもなんだってこんな床に敷き詰めて。  また紙のほかに、大小さまざまの、明らかに空のダンボール箱が無造作に置かれ、ごつごつと行く手をふさいでいる。必要ならせめて潰して重ねておけばいいのに、導線を塞いでまでそれらを積み上げる理由はやはり謎である。  部屋は南北に長く伸びた長方形の形をしており、片方の、長い辺の壁に黄色の扉が二枚ついている。今私が入ってきたのは北側のほうの扉だ。扉と扉の間、それと私の左手にある短い辺の壁には鉄製の什器が置かれ、大量の書物や雑貨類が並べられていた。反対側の長い辺の壁に整列しているのは窓で、午後の陽気な日差しをブラインドを通じて部屋に送り込んでいる。  部屋には六つのデスクがうまく配置されているが、いくつかは使用されている形跡がない。うち二つのデスクにはパソコンが印刷機とセットで置かれており、そのデスクトップに渋いおじさんの顔がでかでかと表示されている。あれは確かプランクだったか。光量子仮説の。  そして最も奇妙なのが、部屋の中央に置かれたこたつだった。こたつ。テーブルに熱源を入れてそれを布団などで覆い、局所的に空間を暖める、とくに冬に活躍する暖房器具のことだ。そのこたつがなぜ、勉強のためのデスクを壁際に押しのけて、偉そうに部屋の中央に居座っているのか。それにもう三月なんですけど。ええ、そりゃ夜はまだ寒いですけど。  その男は、こたつに入って身を温めながら私にじっと熱い視線を送っている。私が来るまで読書をしていたのだろう、こたつテーブルにはうず高く本が積まれている。 「思ったよりずっとかわいい。もっと変なのがくると思ってたのに。こりゃ期待できるよ」 「は、はあ……」  なにに期待しているんだろう。
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