1.鍵の開いた部屋

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 日向先輩の口からまた変態的な質問が発せられたら困るので、私は先手を打つことにした。 「あの、今度は私が質問していいですか?」 「なんなりと。僕は優しいからね。なんだって答えるよ」 「ええっと……その、ゼミとか、実験とかってどういう感じで進められるんでしょうか。一週間でどれくらいの拘束があるのかなって」 「ああ。そっかそっか、ゼミとか実験のこと、気になるよね。ごめんね、うっかりしていたよ」  さあ、と風の音がする。それは少しだけブラインドを揺らして部屋に侵入し、あたたかさを帯びた土のかおりを私の鼻腔に運んだ。同じように風は先輩にも届いていて、寝ぐせでぴょんぴょん跳ねた彼の茶色の髪が、起き上がりこぼしのように振動している。 「先生と相談して決めたんだけど、君は僕と同じテーマで研究をしてもらうことになった。君は就活だよね? 就職先が決まるまでは就活が優先でもいいよ。研究はその片手間でも先生は許してくれる。それからゼミは週一回。同じ物性実験の谷本研と合同で行うことになっている。内容は実験報告と論文紹介。これをメンバーでローテーションして、プレゼン形式で各自発表する」 「……なるほど」 「そんなに心配しなくても大丈夫。卒研に試験とかあるわけじゃないし。僕もいるし。単位が足りていて、ある程度真面目にやっていれば誰でも卒業できるから」 「は、はあ……で、そのぅ、私はこれから具体的に何をするんでしょうか?」 「わかるわかる。最初はそうなるよね。えっと、すごく簡単に言うと、僕たちがテーマとしているのは半導体光物性。光物性っていうのは物質と光の相互作用を扱う学問だよ。僕はその中でもカドミウムセレンの量子ナノプレートを扱っている。実際に、ドットを拡張したようなプレートを合成して、それに光を照射してどんな応答を示すか見たりする」 「はあ……」 「まあやればわかるよ、大丈夫大丈夫」  ホントだろうか。心配になってきた。 「で、そのう、ナノプレートっていうのは研究して何になるんでしょうか?」 「え?」 「ですからそのう、研究して、何に役に立つのかなあと……」 「おお、それはすごくいい質問だ」 「いい質問ですか?」
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