31人が本棚に入れています
本棚に追加
☆
あの運命の日から約二年。僕はその間に五人の人間の人生の変転にかかわった。白石社長のもうひとつの目になるという役目を引き受けたがゆえに。
五人のうち三人は、会社を去るか、花形部署から窓際部署への異動を命じられるかの道を進み、残り二人は、その三人とは真逆の道を辿った。
だからまったく悪いだけではない。白石社長のもうひとつの目であることは、考えようによってはそうだけれど、二十歳そこそこの僕には、悪かろうが良かろうが、他人の人生を変えることにかかわるのはやはり荷が重く、そして気も重く。
「どうしたんだい? 暗い顔して」
ため息をついた僕に、廊下の向こうから、僕が押すのと同じワゴンを押して来た金澤さんが、僕の傍まで来るとそう言ってきた。
暗い顔? 誰のせいで。そう僕は思い、けれど次に金澤さんが言ってきたことで、その思いも沈んだ気分も一変した。
「君に兄からの伝言だ。例の新しい洗剤の試験、そろそろ始めるとのことだ」
「本当ですか!?」と僕は声を上げた。するとなぜか金澤さんは苦笑いして、「いややっぱり君もなかなかトンデモないと思うよ」と。
僕は以前、「金澤さんってトンデモない人ですよね」と金澤さんに直接言ったことがある。それは、僕という人間を勝手に見込んで、トンデモないことに巻き込んでくれたことへの嫌味だったのだけど、以来金澤さんはたまに今のように、「トンデモない」と僕に言ってくるようになった。
しかし僕にしてみれば、どこが? だ。
僕は極めて平凡な人間。唯一特別なことがあるとすれば、それは掃除好きということだけ。まあ、そうであるがゆえに、あの運命の日、白石社長に「わが社の社訓のひとつに、水は命! というものがあるが、その社訓を積極的に遵守するため、近々、水質を守ることに重点を置いた洗剤部門を立ち上げることにしてね。その社外モニターなんだが、君に頼めればと私は考えている」と言われれば、一も二も無く「やらせて下さい!」と叫んでいたのだけれど。そのために、白石社長のもうひとつの目になるという役目も引き受けなければならなくなったのだけれど。
今の僕という人間を語るとしたらそれくらいのもので、その僕のどこにトンデモないと言われる要素があるのか。いや、ない。全然ない。……ですよね?
-fin.-
最初のコメントを投稿しよう!