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金澤さんは、研修期間を終えた僕が清掃員として加わった某飲料メーカーの本社ビルの清掃リーダーで、そのため僕は金澤さんと顔を合わせる機会が多く、廊下で顔を合わせたときなんかは長話はできないけれど、休憩室で顔を合わせれば、互いに嬉々として掃除の話に花を咲かせた。
僕は金澤さんに出会うまで、そういう話をできる相手と出会うことがなかったので、金澤さんとのその時間は、僕が初めて手にした至福の時間。
だが幾ら互いに掃除好きで掃除の話が楽しいと言っても、話の初めから終わりまでそれだけってわけにはいかない。閑話として、世間話や互いの身の上話を差し挟みながら、僕は金澤さんとの至福の時間を過ごした。
そしてあるとき、いつも通り掃除の話で盛り上がり、その後ひと息つくように始まった閑話で、金澤さんは自分の就職時の話をしてきたのだけれど、その話で僕は初めて知った。金澤さんが、この国最高の学府であるT大の出身者であることを!
わが家唯一の鷹であった兄でも到達できなかったその高みに金澤さんがいたと知って、鳶から生まれた鳶に過ぎない僕は、尊敬のまなざしを金澤さんに向けて、すると金澤さんは僕のそのまなざしをどう解釈したのか、顔に苦笑を浮かべ、「ちゃんと卒業もしたよ」と。
ところで、その話にはまだ続きがある。
金澤さんはT大を卒業してすぐ、今の会社に就職したのだけれど、就職に際し、父親に「お前に床やトイレを掃除させるために大学まで通わせたわけじゃない!」とか、そういうことを色々言われ、清掃会社への就職を猛烈に反対されたらしい。
金澤さんも大学に入った初めから清掃会社への就職を決めていたわけではなく、大学の途中まではあれこれと将来の職業を考えていたらしい。しかしいよいよ就職先を決めなければならない段階となり、改めて自分が何をやりたいのかを考え直してみたら、それはもう、掃除しかない! からの、清掃会社しかない! となったとのこと。
その決意を金澤さんは父親に伝えた。それで件(くだん)の猛烈な反対を受けることになったわけだけれど、金澤さんは最後まで反対に屈することなく就職を決めて、すると父親は「お前なんぞもう知らん!」と、金澤さんに勘当を言い渡した。
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