I'm a cleaning man.

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 それでは、秘密の告白と並んで金澤さんが僕に仕掛けてきたもうひとつを。それは、僕にあることを訊いてくることだった。  訊いてくるのは、おおむね業務中。廊下が一番多かったように覚えているけれど、そういう場所で出会うと、金澤さんは「そうだ」と呟き、そして僕にこう訊いてくるのだ。 「さっき、○○課の△△さんを見かけたんだけど、何だかいつもと違うように見えたんだ。城之崎(きのさき)君は△△さんを、今日はもう見かけたかい?」  この△△に入るのは、清掃に入っているビルの所有者たる飲料メーカーの社員の名前で、金澤さんの問いに対して僕の答えはこうである。 「△△さんですか? 朝、見かけましたけど。でも、いつもと違う、ですか? ……そう言えば、△△さん、今日はズボンの裾に埃を付けてましたね。いつもはそんなことないんですけど。それにネクタイも、いつもは見事にまっすぐなのに、今日は少し曲がっていたような。……そうだ。△△さんの部署の床掃除をさっきしてきたんですけど、△△さんのデスクの上、金澤さんは気にしたことないですか? △△さんって服装もだけど、デスクの上もいつもきちんとしていて、物はほとんど置いていないし、置いてる物は綺麗に揃えてある。なのにさっき見たときは、色々置いてあったんですよね。それに置き方が乱暴な感じで。それから椅子も。△△さん、デスクにいなかったんですけど、そういうときにはいつも、デスクの下に椅子が入れてあるんです。でもさっきは、立ち上がってそのままみたいな位置に引いてあって。――確かにいつもと少し違うのかもしれませんね」  これはあるときの実際の答えだ。しかし大体、僕が答える内容はいつもこんな感じ。  周りの人間が言うには、僕という人間は、身だしなみ(服装、髪型、化粧など)や、身の回りのこと(今回例として出した答えで言うと、デスクの上や椅子のこと)のチェックが厳しいらしく、どんな些細な変化でもすぐに気づいてしまうんだそうだ。  まあだからこそ、僕が答える内容はこうなのだろう。僕自身には、そこまで他人のことを気にしている自覚はないのだけれど。   「さすが城之崎君だ。よく見てるね」  僕の答えを聞くと、金澤さんはそう言ってくるのがパターンで、その言葉を最後にやり取り完了。そのあとは互いに業務に戻る。それもパターンだった。
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