どちらに転んでも悪くない条件

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 なんでだよ、僕のほかにもできない奴いるのに……。  高校一年生の春日稔(かすがみのる)は部室で支度を整えていた。一同制服に着替えて帰宅しようとしていた矢先、二年生の風間先輩に呼ばれた。 「春日、帰るところ悪いけど」 「か、春日先輩っ!?」  驚いてシャツのボタンを留める手を震わせた。 「もう一度着替えて。これから特訓するから」 「えっ? でも……」 「待ってるからな」  笑った顔で近付いて肩をポンと叩かれる。少し長い髪をヘアゴムで束ねながら薄笑いを浮かべた顔で去って行った。  先輩に特訓と言われたからには帰るわけにもいかず、他の部員は口々に「頑張れよ」とか「お疲れ」とか声を掛けて更衣室から出て行く。ポツンと一人になった――居残りだ。  三年生が引退して、二年生が主体となり、秋はどの部も新人戦に向けて頑張っている。稔の所属する弓道部も同じだった。  憧れの弓道部に入部してから半年余り経ち、厳しい練習にも耐えてきた。礼儀作法は勿論、競技における知識や道具、射法八節と呼ばれる弓矢の扱いや射ち方、姿勢など覚えることも多かった。  言葉は知っていても、いざ身体を使うとなると、頭で考えている以上に難しい。知識だけでは的に矢は当たらないからだ。基本となる姿勢をとるための重心移動やメンタル面でのコントロールが出来て、初めて矢を放てるようになる気がする。 「先輩、お待たせしました。宜しくお願いします」  吹きさらしの弓道場に入り、片膝をついて頭を下げる。秋の風が冷たく首筋を通った。 「そんなに堅苦しくしなくてもいいよ。早く済ませてあげるから」  的に向けて矢を放とうとしていた。真剣な眼差しに見入ってしまう。  弓を構え、静かな道場にギリギリと矢が引かれていく音が響く。稔はゴクリと唾を呑み込み、練習でも本番の試合を見ているような緊張感に晒された。  ヒュンと風を切る音がしたかと思うと、バシッと的に矢が刺さる。見事に中心に辺り、腕前に圧倒されて無意識に拍手していた。 「選手がそれをしちゃだめだよ」  矢が放たれ、残心の姿勢をとっている風間が背を向けたまま稔に注意した。 「あっ、すみません」  慌てて隣の的の前に立ち、足踏みで構えの姿勢を取り始めた。
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