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すべてが、2つあるのだ。
私の座った長椅子も∞の字のように2つの座席が結合していて、お冷を入れたコップも冷水筒も1人につき2人分準備してある計算で配置されていた。
メニュー表には、大事なことを繰り返すように同じ名前が2行ずつ書き連ねてある。トイレもどうやら4部屋あるようだし、レジキャスターまでもが背を向けあうように2つずつ。
そもそも、玄関の扉が2つもあるから私は「奇妙な店」と定義したのだ。ここまで不自由そうな勝手口は存在しないだろうと思い至り、玄関を二つ用意するという意外性が私をここまで吸い寄せたのだ。もしかして、勝手口も2つあるのだろうか。
「変わったお店ですね」
コップに入れられたお冷を口につけると味が2つ、だなんてことはなく無味は無味であった。
「店主の趣味というか……、訓示ですね」
「訓示?」
「ここの店主、つまり私の夫なのですけど、すごい忘れっぽい人で。何をするにも足りないものばかりなんですよ」
私にプロポーズするときも結婚指輪を忘れて家まで取りに行ったんですよ。結婚しようって言いながら、バッグをひっくり返して服まで脱ぎ始めて。もうおかしくておかしくて。
目を細めて笑う女性は思い出話を語るかというよりは、どこか決まった文章を暗唱しているかのような平坦さがあった。この違和感はどこから来ているのだろう。
お話、という道があるのならどんな景色が待ち受けているのかがわからないのが面白いのに、彼女の話という道はゴールまでが見渡せるような面白みに欠けている。
「それであの人、いろんなものを2つずつ準備するようになったの。2つなら片方を紛失しても大丈夫だと思ってるらしくて」
ポケットに入れていたスマートフォンが震えた。取り出して文面だけを確認すると、私の妻から「今夜はハンバーグだから早めに帰ってきてね」という文章が届いていた。
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